老ドラゴンの最期を看取る
巨大なレッドドラゴン。歳を取ったドラゴンが目の前にいる。
「ルシル、翼だけじゃないぞ。つま先や尻尾の先も石化しているみたいだ」
「本当だね……魔晶石になっている……」
どういう事だ。老ドラゴンと魔力を吸収できる魔晶石。
「貴様らは儂の死か、それとも見届ける者か……いや、どちらでも構わん、答えは同じだ……」
「どういう事だ。まさかドラゴンよ、お前はもう命尽きるとでも言うのか」
山が動くような地響きを立ててドラゴンが身体を持ち上げる。
だが、足に力が入らないらしく、倒れて元の体勢に戻ってしまう。
その地響きだけでも洞窟の天井から大きな岩が降ってくる程だったが。
「よせ、立ち上がる事もままならないお前になにができるんだ!」
「人間よ、儂に情けをかけるつもりか? グルルルル、面白い。だいたいが儂に驚きもおののきもしない人間がおったなどと、長い事生きておった儂だが初めての事よ」
老ドラゴンは笑ったのか?
俺は不思議に思った質問をぶつけてみた。
「俺たちは魔晶石を探しに来たのだが、もしかしてドラゴンよ、魔晶石はお前の身体から作られているのか?」
「グルル……人間よ、儂を見ても恐れないどころか龍石の事にも気付きおったか」
「龍石? 魔晶石の事か?」
「人間どもはそう呼ぶらしいな」
ドラゴンはもう一度身体を持ち上げる。
今度はしっかりと立つ事ができた。
「儂を倒して貴様らの言う魔晶石とやらが手に入るか、試してみるといい!」
さっきまで力なく倒れ込んでいた老ドラゴンとは思えない俊敏さで、石化した前脚を俺に振るってくる。
「おっと!」
俺は瞬時に後ろへと跳んでドラゴンの爪をかわす。
「急に仕掛けてくるとは!」
「卑怯と泣き叫ぶか人間? グルル……」
「まさかな」
これは老ドラゴンが必死の抵抗をしているに過ぎない。普段の俺なら苦もなく倒せる相手だろうとは思うが今は思念体の身だ。白龍にも致命傷を与えられないくらいの攻撃しかできないのがもどかしい。
「貴様も羽をもがれているようだのう」
「ぬかせ」
老ドラゴンはもう一方の前脚で俺を狙ってくる。
「Rランクスキル発動! 氷塊の槍っ! 貫け、凍てつく槍よっ!」
俺から放たれた氷の槍が老ドラゴンの身体に突き刺さっていく。強大な鱗の隙間を縫うように、そして鱗の剥がれている所も狙って。
「グオォォ……」
氷の槍が刺さった所が結晶化して弾ける。粉々になった身体の一部分は地面に落ちて砕け散った。
「これ……やっぱり魔晶石だよ」
落ちた結晶をルシルが手にして確かめる。
「年老いたドラゴンは長い年月生き続ける事で体内の魔力を結晶化させたのか……。そして身体から剥がれ落ちた肉体は、魔晶石として姿を変える……ただのドラゴンではこうならないからな、それだけ生きながらえているドラゴンであるという事か」
「人間、無駄話はそこまでぞ!」
老ドラゴンが大きく口を開け喉の奥が膨らんでいく。
「なっ、この挙動はドラゴンブレス!」
開けた場所といっても閉鎖された空間でのドラゴンブレスはまずい。
俺たちならどうとでもなるが、荷物に入れた魔晶石が無事でいられるとは思えないからだ。
「ルシル、鞄の石だけでも持って逃げ……」
俺がそう伝えている時、老ドラゴンが吸い込んだ息を吐き出そうとした。
「まずっ……ん?」
だがドラゴンブレスは吐き出されず、くすぶった黒い煙だけが老ドラゴンの口から出るだけだ。
「ゼロ、今だよ!」
「おう! Sランクスキル発動、凍晶柱の撃弾! 幾万の氷柱よ、ドラゴンを刺し貫けっ!!」
俺の放った無数の氷が老いたレッドドラゴンに命中する。
今度は硬い鱗も貫通してその身に突き刺さっていった。
「グガァァッ!!」
老ドラゴンは大きな叫び声を上げてまたもや倒れる。氷が突き刺さった手足は倒れた拍子に砕け散り、胴体もところどころ欠け始めていた。
「ゼロ……」
「ああ」
もう終わりだ。文字通り手足をもがれた状態では、老ドラゴンも戦えないだろう。
「グルルルル……。儂ももはや老齢、ブレスを吐く事もできぬか。ただ老いさらばえるよりは人間の国を蹂躙した若き頃を彷彿とさせる戦いができた事を喜ぶとするか……」
俺は老ドラゴンの頭に近付く。
「人間を襲っていた事があるというのであれば容赦はしない。お前の身体は生き残った人間が有効に活用してやる。安心して死ね」
「小癪よのう……。だが、それもまた老いたる者の終焉、命の円環であろうのう……」
老ドラゴンはゆっくりと頭を下ろす。
「こうなっては致し方なし。儂の身体、好きに使うがよい」
「そうか。それならば遠慮はしないぞ」
「グルルル……生意気な人間ぞ。死出の土産じゃ、貴様の名を聞こうか」
老ドラゴンの身体は外側から結晶化していき、ボロボロと砕けていく。
「俺か。俺の名はゼロ。ゼロ・レイヌールだ」
「ほう……ゼロ、か。ドラゴンを屠りし者よ……我が身……」
それまで言って、全身が結晶化する。
巨大なレッドドラゴンは、その身に見合った大きさの魔晶石となっていた。
「ゼロ、最後にドラゴンはなんて言ったの?」
「ん? さあな」
俺はルシルに答えない。
だがドラゴンの声は、俺にだけはっきりと聞こえた。
『我が身の呪いをその魂に刻め、ゼロ・レイヌール……』