ゼロ温泉
王都の隣の平原に突如としてできた温泉は、様々な者たちで賑わっていた。
源泉部分は柵で囲んで立ち入れないようにする。熱湯が噴き出て怪我人が出るから仕方のない処置として行った。
次に周りで適当な位置に穴を掘り、焼いた煉瓦で内側を囲う。煉瓦を敷き詰めた後は藁を入れて火をかけると焼き固められた水も漏れない湯船ができるのだ。
「そして温泉のお湯を引き込めば……露天風呂の出来上がり」
俺は自分専用の風呂を造ったり、大浴場を造ったりといろいろ楽しみながら温泉を活用している。おかげでNクラスだが工作スキルを覚えられたのは収穫だ。
他にもヒルジャイアントのドッシュたち力自慢の連中や、ノームなどの器用な連中、王都に戻ってきた町の人などが協力して温泉を整備し、宿や小屋を建てたりした。
常に噴き出す温泉を中心にいつの間にやら市が立ったような賑わいを見せていて、皆はここをゼロ温泉と呼ぶようになった。
「はあ、生き返るぅ。ね、ゼロ」
入浴用の服で風呂に浸かっているルシルが、のんびりとした口調で話しかけてくる。
「生き返るって、別に死んでいたわけじゃないだろ」
「そうだけどさー、なんか今までの大変だった事とか、みーんなお湯に溶け出ちゃうような気持ちになってさ」
ルシルは肩まで浸かってため息を漏らす。俺も同じように入浴用の服を着て同じ風呂に入っている。
流石に混浴ともなると、全裸でというわけにはいかないからな。
「まあ判らなくもないな。温泉というのは本当に安らぐ。これがあったら様々なわだかまりが解けただろうに」
でも許せない奴はいるだろうが、それはそれだ。
「お待たせいたしましたー」
「お、シルヴィア丁度いいところへ」
俺はあれから仲間たちとの再会を果たした。
というよりも、あれだけ騒ぎになった話だ。城塞都市ガレイの連中なども自分たちを攻撃する勢力がいなくなってからというもの、自分自身で安全を確保できる状態になってからは交易がてら頻繁にこの温泉にやってくるようになっていた。
「うん、うまい!」
俺はシルヴィアが持ってきてくれたゆで卵を食べる。温泉に漬けていると少しだけ固まったトロトロのゆで卵になるのだ。
「この全部固まらない程度の柔らかさ、この状態だと味が濃く感じられるな」
「これを振りかけてみて下さいね」
「ほう」
シルヴィアが何やらキラキラとした半透明な粉を壺に入れて持ってきた。一粒一粒が砂のようにも見える大きさで、うっすらとピンク色になっている。
「これは、塩とは違うのか……おお! 何と深い、色々な味がするが、うん、旨さもあって黄身のコクをさらに引き立てる。何だこの塩は!」
「これはゾルト山の岩の中にある塩の結晶、岩塩です」
「ほう、話には聞いていたか、山で採れる岩の塩とはまた珍しい」
俺の話を聴いてルシルも興味を持ったようだ。
「ゼロ、私にもちょうだい!」
「試してみるといいよ」
俺から岩塩の粒の入った壺を受け取ると、自分のゆで卵にピンク色の結晶をかける。
「ほわぁ、おいしい! ただしょっぱいだけじゃないのね。荒々しさの中にも柔らかさとなんて言うんだろう、古さとはまた違う、歴史を口の中で感じているような、どこか懐かしさも広がる……」
俺たちの反応を見てシルヴィアが嬉しそうに微笑む。
「でもこれ、高いんでしょう?」
「そうですね、ここでは同じ重さの金と取り引きされるくらいでしょうか。でも、現地ではとても安いのですよ。だって地面を掘ればたくさん出てくるのですもの」
「へえ、それはすごい!」
「でもその村では問題がありまして……」
いつになくシルヴィアの表情が沈む。
温泉のお湯だけが暖かかった。