瘴気の谷の魔族たち
既に地上界は白龍たちに攻撃を受けていた。俺のいなかった数年の間に。
「ガレイの町は……残念な事だ」
「でもゼロが頑張ってくれたお陰で、みんなを助ける事ができたよ」
ルシルが言う助けるとは、生きたまま身体を持ったまま冥界に送りつけるという事なのだが、果たして死の門をくぐるという事が助けになっているのかどうか。いまだ俺の中で正解が見つからないでいた。
「だが……地上界で死ぬ事は確実な死を意味する。俺の民だった者たちに、そんな理不尽な終わらせ方をしてもらいたくない。それが俺の純然たる想いだよ」
「うん、解るよ……」
ルシルは移動中も俺の手を握ってくれている。
俺たちは悩みながらも次の目的地へと向かう。
「意識して時間を圧縮すれば数秒と経たずに長距離を移動できるというものだが……」
俺もルシルも考えすぎていたせいか、このところやたらと頭痛に悩まされるようになった。
「思念体なのに頭痛なんておかしな話だけどね」
「俺もそう思うけどさ、頭痛を感じてしまうという事はそれだけ想像する力に無理がかかっているのかもしれない。なにかそう思わせる理由というか……」
解決はしないまま、俺たちは瘴気の谷へと向かう。ルシルがセシリアを冥界に送る際に、レイラが社会に溶け込めない魔族たちを瘴気の谷に集めているという話を聞いていたからだ。
「レイラ……」
ルシルは真面目な顔でなにかを考えていた。
「ルシルの、魔王時代の妹だもんな。ルシルの角を取られた時はヒヤヒヤしたぞ」
「そんな事もあったよね。あの時は本当にありがとうねゼロ」
「いいんだよ別に。でもそのレイラも世界の一員というか、他のみんなたちと争わないで過ごしているなんてな」
「元々レイラは素直でいい子だったんだよ」
「ほう」
「ただちょっと、ううん、だいぶ思い込みの激しい子だったけど」
「あー……」
なんとなく解る。勘違いというか、ルシルを襲ったのも魔王の力を得ようとしての事だったが、それも魔族たちをまとめようとしていたからだし。
「それが瘴気の谷でバーガルの補佐をしているんだからな。成長したものだよ」
「そうだね。瘴気の谷の魔族を束ねるのがバーガルで、レイラは大陸中を駆け回って困っている魔族を瘴気の谷に呼び込む役割をしているみたいよ」
「へぇ、内側と外側でしっかりやっているんだな……お、そろそろ瘴気の谷が見えてきそうだ」
谷の壁を掘って作った部屋はドワーフの彫刻が豪華で見事なものだった。
あの谷にまた来る事があるとして、まさかこんな時になるとは思ってもみなかったが。
「どうやらまだ天界の者たちは攻めてきていないようだな」
「そうね。流石に瘴気の谷だと、そこまで攻めてこないのかなあ。あの谷にはドラゴンも入っていけないと思うし」
「ドラゴンが入るには狭いからなあ。入って行けたとしてよちよち歩きをしないとな」
「それだったら簡単に迎撃できるのに」
「ははっ、まったくだ」
俺たちは軽口を叩きながら瘴気の谷へと降り立つ。
時間の圧縮を解くと、周りが俺たちと同じように動き出す。
「おお、ゼロ様だ!」
「わーい、王様~」
魔族が俺たちを見つけると挨拶をしてくる。俺たちは軽く手を振ってそれに応える。
ここはまだ平和な生活を送っているみたいだ。
「さあ、バーガルかレイラを探そう。他にも話ができる魔族がいたら聞いてみるのもいいかもな」
「そうね」
だがなぜかルシルの顔は心配そうな表情になっていた。