思念体である事と
俺たちは天界の攻撃前にはここに来られなかった。既に襲撃は繰り返され多大な被害を被っているという。
そしてセシリアたち警備隊も王国各所で撤退を繰り返しているらしい。
「婿殿……」
セシリアはルシルのスキルで傷を癒やしてもらって既に立ち上がれるまでになっている。
「不甲斐ないな、実際。俺たちの力では国土、国民を救う事ができなかった」
「セシリア……」
うなだれるセシリアの肩に手を置く。
隣にいたシルヴィアが椅子から立ち上がって俺の側へ来る。
「でもねゼロさん」
シルヴィアは悔しさに唇を噛むセシリアの背をさすっていた。
「セシリアさんたちは精一杯戦ったんですが、それでも空からの襲撃にはどうしようもなくて」
「そうか」
俺はそれ以上の言葉を出す事ができずにセシリアとシルヴィアを抱きしめる。
「婿殿……」
「ゼロさん」
二人も言葉少なに俺の胸の中で涙を流す。
「ゼロ」
ルシルの声は内に怒りを秘めているようにも思えるが、それは俺に向けられたものではない。
「ルシル」
「うん。今の私たちなら」
「ああ」
俺はセシリアとシルヴィアを放してルシルの横に並ぶ。
「セシリア、シルヴィア。そしてカイン」
「なんだ婿殿」
返事をするセシリアに俺がゆっくりと手を伸ばす。セシリアは目を細めて俺の手が自分の頭に近づいてくるのを待っている。
「え……?」
俺の手はセシリアの頭をすり抜けて身体もすり抜け、椅子にかかっていたガウンをセシリアの肩に後ろからかけた。
「ど、どういう……婿殿、これはなんの……スキル? 能力か……いやでも……」
俺は手を引き戻して元のように立つ。
「今見たとおりだ。信じられるかどうかは判らないが、俺たちは思念体となって未来から来た」
「え……未来?」
「そうだ。驚くのも無理はないな」
セシリアたちは互いに顔を見合わせて俺の言葉をどうにか理解しようとしていた。
「い、いや、別に……俺は婿殿がどう言おうとそれを疑う事はない。が、済まん婿殿、少し考えをまとめさせてくれないか……」
悩むセシリアと驚きを隠せないシルヴィア。
「ボクは気にしないにゃ! ゼロ様が戻ってきてくれたんだにゃ、それだけで十分にゃ~!」
カインは俺の首に腕を回して飛びついてきた。
「そう、そうよね。うん、思念体。ゼロさんもルシルちゃんもそういう存在なのよね、うん、なんとなく、なんとなくだけど私、解る気がする。解ってみせますね!」
シルヴィアはなにか覚悟を決めたような顔つきになって俺の手を握る。
「うん、握れる! ゼロさんがこれは、えっと、意識してくれているって事なのね?」
「そうだ。俺が実体を保持しようとすればこうして触れる事もできる」
俺がシルヴィアの編み込まれた長い銀髪をなでると、シルヴィアは俺の手を覆うようにして包み込んで頬ずりをした。
「うん……ゼロさんの手、優しくて強い手……」
シルヴィアの涙が俺の手を伝う。
「ゼロさんなら、私たちを助けてくれますよね……」
「シルヴィア……」
シルヴィアの温かい頬の感触が俺に伝わる。そして小さく震えている事も。
「婿殿」
セシリアが身支度を調えレイピアを腰に差していた。
「一人でも多く国民を救いたい。婿殿、先王の力を我らにお貸し願いたい」
その顔は既に戦う者のそれだ。
「いいだろう。俺と共に歩む者には騎士の契約者の力を与える。存分にその力を示せ」
俺は右手をセシリアの額にかざす。俺の手のひらから温かく柔らかい光が生まれセシリアを包み込む。
「ありがたき婿殿。いや、我が王」
片膝を付き騎士の礼でセシリアが応える。
その背から翼が生えるように光がほとばしって部屋を照らした。
「力が……湧いてくる」
セシリアは立ち上がると、引き締まった顔を俺に向ける。
その瞳には、傷を負い力を失っていた姿ではなく、戦う意思とその力を備えた戦士の強さが宿っていた。