旧知の者の窮地
城塞都市ガレイは、俺たちが以前訪れた時より活気にあふれていた。人々が早足で行き交い、店の商品が飛ぶように売れていく。
いや、鬼気迫る様子は、活気と言うより殺気に近い。
「ほらほら兄ちゃん、ぼさーっとしてるとひき殺すぞっ!」
高速で荷馬車が突っ走る。ぎりぎりで俺の側をすり抜けていく。
「ん? という事は、あの御者は俺の事が見えていた訳だ」
「あ。そうだね」
馬車に跳ね飛ばされそうになったと言うのに、俺たちは道ばたでクスクスと笑い合っていた。
「なんだか落ち着きがないよね、この町」
「そうだな。武器を持った兵士も多く見かけるし、なんだか物騒な気配を感じるよ」
「ゼロもそう思う? そうだよねえ、ピリピリしている気がする」
前から走ってくるやつがいて、俺たちにぶつかりそうになる。
「うわっと!」
俺は避けたつもりだが、走ってきたやつは俺にぶつかりながらそのまま走り去っていった。
いや、ぶつかりながらと言うのは正確じゃない。ぶつかって、すり抜けて行ったと言うのが正しい。
俺たちは思念体だからぶつかった相手とすり抜けてしまうのだろう。
「そうか、俺たちが意識しないと、ものに触ったり動かしたり、ましてや人とぶつかったりなんてできないみたいだな」
俺は通りを行き交う人にわざとぶつかろうとして、相手も避けるがそれでも突撃をかける。
だが俺の身体は通行人の身体をすり抜けてしまう。
「これは難しい……」
ぶつかったと思った奴も一瞬不思議そうな顔をするが、そのまま駆け去ってしまった。
「すり抜けてしまう……」
「まあいいじゃない、通り抜けできた方がいちいち避けなくていいんだから」
「そうだけどさあ……」
俺は心のもやもやを抱きながら、手がかりになりそうな所を探す。
「シルヴィアはモンデール伯爵の娘だったよな」
「そうね、ここガレイの貴族らしいけど」
「レイヌール勇王国の警備隊長も務めているからな、ここにいるとは限らんが今どこにいるかくらいは誰か知っているだろう」
「じゃあモンデール伯爵の事を聞いて回ろうか?」
「そうだな。お、丁度いい所に肉屋があるぞ」
俺は通りに面した所の肉屋を訪ねる。
「はいらっしゃい! これからに備えて保存の利く干し肉なんてどうだい? 安くはないが、品数は豊富だよ!」
むっちりとしたおかみさんが店先で肉を売っていた。
「なんだ安くないのか。それをうたい文句にするなんてすごい根性だな」
「おや兄さん、今の情勢なら食べ物が売っているだけでも珍しいんだからね!? それもうちで扱っているのはジャイアント印の干し肉とくるんだから、多少値は張っても日持ちと美味さは保証するよ!」
ジャイアント印? 干し肉だって?
「なあお姉さん」
「なんだい姉さんだなんて、おばちゃんをからかっちゃいけないよぉ」
口ではそんな風に言っているが、上機嫌になった所を見るとまんざらでもなさそうだ。
「その干し肉ってどこで仕入れているんだい? よかったら教えてくれないかなあ」
「え~、そうだねえ」
おかみさんはこっそりと、だが大胆に干し肉を押しつけてくる。
「判った、判ったから!」
俺は腰の袋に手を伸ばすと金貨を取り出しておかみさんに渡す。
金貨は俺が想像で作りだしたやつだから、商品を受け取るわけには行かないが。
「ジャイアント、と言ってもヒルジャイアントだからそう大きいわけじゃないんだけどね、よく三人ずれでやってくるのさ。昨日来たばっかりだから今日は伯爵様の館で休んでいるんじゃないかな?」
「伯爵様の館って、モンデール伯のか?」
「そうだよお兄さん。よく知っているじゃないか。でもねぇ……」
おかみさんは浮かない顔をする。
「モンデール伯爵様のご令嬢がね」
「どうした、セシリアになにかあったのか!?」
俺はおかみさんの肩をつかんで揺すった。
「は、ほわっ、はひゃっ」
「ほらゼロ、おばちゃんがしゃべれないよー!」
ルシルが俺の腕を押さえた事でおかみさんの揺れが止まる。
「す、すまん。で、セシリアはどうしたんだ」
「それが、ご令嬢はこの町にいるんだけどね……」
おかみさんの言葉を聞いて、俺は心臓をわしづかみにされたような気持ちになった。