懐かしい痕跡をたどって
俺たちは小屋の中を調べる。この時代のなにかを見つけられるかどうか。
「地図や書物といったものはないだろうか」
「うーん、野営地で使っていた小屋だったからね、あの頃は。文字で残すのだって大変だよ、だいたい書ける人がね」
「そうだよなあ……。学術都市のエイブモズとかだったらユキネみたいな魔術師がいるから、書物とかもたくさんあったけど」
俺もなんとか読み書きくらいはできるが、それも珍しいくらいで識字率はあまり高くないんだよな。教育機関とかそういう所もしっかり作っておけばよかったか……。
「ゼロ見て」
ルシルは小屋の片隅にあるテーブルの上に乗っていたナイフを見せてくる。
「これは……普通のナイフ、だな。いや待てよ……」
「どこかで見た事、ない?」
「あ、これってドッシュたちが使っていた……干し肉を作っている時に……」
少し反りのある刃は、確かに彼らが肉を切り分けるのに使っていたナイフにそっくりだ。
「そう、あのヒルジャイアントたちのだよ!」
「見た目もそう古びた所はないし、刃も欠けている所はない。錆びていないというのはまだ使っていたという事か」
「うん、だから近くにいるんだよ、きっと!」
今まで生活していた痕跡。そして仕掛けられた罠。
「小屋には戻らないつもりだったのかもしれないな。あの罠は冗談で済むような物じゃなかった。小屋もそう荒れていない所を見ると、慌てて出て行った訳じゃなさそうだし」
「そうだね、戻ってこないかも……」
「なあルシル」
俺は他にも手がかりがないか探しながら声をかける。
「城塞都市ガレイに行こうと思っているんだが」
「セシリアはいないかもしれないけど、一応あそこの伯爵令嬢だったからね、今どこにいるかは聞けるかも」
「俺が王位を譲った時にいろいろ押しつけちゃったからなあ。それはアリアとかもそうだけどさ」
「うん。じゃあ行ってみる?」
「そうしよう」
他にめぼしい物がなかったから、俺たちは街道を通ってガレイの町へと向かう事にする。
「さてと、ここでも使えるかな」
俺はルシルの肩に腕を回す。
「凝縮した時間の中での移動ね?」
「そうだ。冥界でやったような移動方法だ。俺たちは普段通り移動するが、少しだけ思念体の意識を飛ばす。思考の力はとても速いからな」
「他の人から見たら、瞬間移動しているように思えるかもね」
「ああ、だから使う時と場所を考えないとな」
「急に現れたらびっくりするかも」
「そもそも思念体の俺たちが見えるかって事もあるけどさ」
「あるかも~。あー、早く誰かに会いたいなあ。そういうのもいろいろ聞いてみたいよ!」
俺たちにして見れば久し振りに会う人たち。だが今は彼らと別れてからどれくらい経っているのだろうか。
一瞬か、それとも何年も後なのか。天界の白龍が攻めてくるのはいつの事なのか。
「行くぞ。行って確かめる」
「うん!」
俺はルシルの肩を抱いたまま意識を集中させる。
ルシルは俺の腰に腕を回して、俺と同じように集中していた。
「どうやって行こうか考えてみるからな」
俺は、小屋を出て丘を下り、街道に出る事を想像する。そしてそのまま城塞都市に向かえばいい。
周りの景色もきっとものすごい勢いで過ぎ去っていくのだろうな。それでも大きな木の葉っぱも繊細に見えたりする。
目の前に大きな川が流れていて、その向こうに白い煉瓦を綺麗に敷き詰めた壁が見えてきた。
「ふうっ……」
俺は大きく息を吐く。
「お?」
気が付けば、俺たちは城塞都市ガレイの目の前に立っていた。
「意識に肉体が付いてこない事はあるけど、意識だけだとこんなにも速いのか……」
「地上界でも、できたね」
「ああ。でもそれは周りの時間がどれくらい経っているか次第だけどな」
俺が空を見上げると、日はまだ高い位置にあるままだ。
それ程時間は経っていないという事か。
初めて来た時は荷馬車に揺られてだったが二日はかかったものだが。
「行くか」
「うん、行こう!」
俺たちは意気揚々とガレイの城門をくぐった。