過去の大地へ降り立つ
眩しい。
目を閉じていてもまぶたを通して日の光が感じられる。
風の中に土と草の匂いがして、温かく俺の頬をなでていた。
「ルシル……」
仰向けに寝転がっている俺は、目を閉じたまま声をかける。
「なあに」
思ったよりも近い所から返事があった。声の方を向いてゆっくりと目を開けると、そこには見慣れた女の子の姿がある。長い黒髪を後ろで束ねて、額には小さな角が一対。金色の瞳が俺を見つめていた。
「俺たち、地上界へ来たんだよな」
「うーん……」
ルシルの姿が一瞬透けたように見える。
「あ、もしかして」
俺は上半身を起こしてルシルの腕をつかもうと手を伸ばす。
ルシルも同じタイミングで起き上がろうとして、たまたまルシルの胸が俺の手にすっぽりと納まってしまった。
「ひゃんっ、ちょ、いきなり……」
ちょっと動くからダイレクトに柔らかさが伝わってくる。
「あ、ご、ごめん!」
慌てて手を引っ込めるが、あの感触は本物だ。
「べ、別にいいけどさ……今更だし」
「う、うん……」
ま、まあなんだ。一緒に暮らしていたわけだし、確かに今更ではあるんだが……。
「えーっと、ゴホン」
わざとらしい咳払いを一つしてこの場をごまかす。
俺は立ち上がって背中に付いた草を払うと、ルシルに手を差し伸べる。
「ありがと。で、ゼロ」
「ああ。俺たちの感触は生身の頃と変わらないと思う。地面も風も、俺の知っているものだった」
「温度はどう?」
「温度変化無効のスキルは発動していない。俺が勇者になる前に感じていた、温かさや冷たさも感じられるようになっている」
「そうなんだ」
思念体になってから身体に直接発動するようなスキルが効いていないのだ。想像すれば発動もできるのかもしれないが、それはまた別の機会に試してみよう。今は温度を感じられるというこの状況を楽しもう。
「ねえゼロ」
ルシルは辺りを見回して状況を確認する。
少し小高い丘になっていて、石柱が点在する中で木材を使った小屋がいくつか建てられていた。
「ここって……」
「ああ。俺たちが王国から逃れて野営地を造った場所に似ていないか……?」
あの石柱にはなんとなくだが見覚えがある。
「ヒルジャイアントのみんなに手伝ってもらった、あの場所よね」
「そうだ。レイヌール宮殿として町になった場所だ。だが少し様子が違うというか、建物は減っているが粗末な小屋が増えているし……それも数年は使っていないような様子だ」
荒れ果てているとまでは言わないが、あまり手入れはされていないようだ。あの頃の栄光はもう跡形もなくなっていた。
「どれ、ちょっと調べてみようか」
俺は一軒の小屋に近づき、ドアノブをつかんで扉を開ける。
風切り音が聞こえ俺は身をかがめた。
俺の頭の上をなにかが飛んでいき、後ろの地面に落ちて転がる。
「大丈夫ゼロ!?」
「ああ。久しく忘れていた緊張感があるな……」
後ろに落ちた物はきっと矢だろう。背後の事は後で確認するとして、俺は小屋の中に目をこらして部屋の様子をうかがう。
「罠……のようだな。扉を開けた者を攻撃する。そんな所か」
俺は薄暗い部屋の中で他に罠がないかを調べる。判り易いところでは、扉の正面に位置する場所にクロスボウが置かれていた。これが今の攻撃をしてきた罠だろう。
「この高さ、ヒルジャイアントだったら胸の急所を狙っているな」
「でも、ゼロも頭危なかったよね」
「ああ。だが罠を仕掛けるとしたら、なるべく効果が大きくするために、的にも当たりやすい位置を狙うだろう。そう考えて狙うには人間の頭は小さすぎるだろうな。人間狙いならもう少し下を向ける方がいい」
「そっかあ。それより下に向けちゃうと致命傷にはなりにくいか……」
「多分な」
ヒルジャイアントの背丈を狙った罠。そして使われなくなった小屋。
「ここはあの野営地で間違いない。ここで情報は集められなくとも、近くに街道があるはず」
「街道まで出られれば」
「ああ、ガレイの町にもすぐ行けそうだ」
見知った連中かその手がかりでもあれば、この時代の地上界について知る事ができるだろう。
歴史の空白と、その後の失われた千年。
「きっかけとなるなにかをつかめれば……」
俺の言葉は無人の小屋の中に響いて消えた。