強さと臣従
割れた地面から突然噴き出す熱湯。
俺はSSSスキルの温度変化無効を持っているため、熱さや冷たさを必要以上に感じないどころか火傷や凍傷にもならない。火であぶられても燃えず氷に囲まれる事はあっても身体は凍る事がない。
「いきなりだな。地下に水脈でもあったのか?」
熱湯である事は理解できるが、俺にとってそれはダメージにならない。
だが他の者は違う。
「あっちぃ! あっついよお兄ちゃん!」
直撃ではないものの噴き出した熱湯が雨のように降り注ぐ。多少は温度が下がるため火傷にはならない程度だろう。
「で、どうだ?」
「あーはいはい、お兄ちゃんの勝ちでいいよ。これだけの力の差を見せられてまだやろうなんて思わないし」
アリアが振り向くと魔族の連中は全身ずぶ濡れになりながら俺の顔色を伺っていた。
魔族というものはある意味単純なところもある。
己を凌ぐ強大な力にはひれ伏すものだ。
「クッククク、こうなっては致し方ありませんな」
不格好ながらひとまず人間の身体の形になるまで回復したベルゼルが俺に片膝をつく。
「我らこの場にいる魔族とその眷属は、これよりゼロ様を主として崇め奉りましょうぞ」
ベルゼルに続いて後ろに控える魔族全員が同様に片膝をついて頭を垂れる。
「おいおい仰々しいな。それに俺は全員の面倒までは見られんぞ、数が多すぎる」
「ゼロ様に庇護を求めるつもりは毛頭ございません。我らが勝手に主とさせていただくだけにございますれば」
「面白い、配下になるというのに主人の承諾は不要という訳か」
「いえそのような滅相も無い」
ベルゼルが慌てる。少し意地の悪い事をしたかもしれないな。
「いいだろう好きにするといい。ただし無闇矢鱈と敵を作るな。無条件に無抵抗でいろとは言わない。理不尽には抵抗しなくてはならないが、自ら面倒事を起こさないように。いいな」
「ははーっ、御意に従います!」
魔族たちが一斉に頭を下げる。
ここに立っているのは俺とアリアだけだ。
「アリア、ルシルはこれでいいと思ってくれるかな」
「うん、今は勇者に魔王の地位をあげられないらしいけど、統治者としての実権はどうぞってさ」
「どうぞと言われてもなあ。なんだか面倒事を押しつけられた気分だよ」
「……バレた? だって」
アリアはルシルに代わって小さく舌を出す。
「仕方ない奴だ。今まで魔族の統率ご苦労であった。引き続き一臣下としていろいろと頼むな」
「わかった、だって。そろそろ大丈夫かな、ルシルちゃんが戻ってきたから代わるね、それじゃまたお兄ちゃん」
一瞬、アリアが目を閉じる。次に目を開けた時、柔和だった目つきが少し鋭い視線に変わった。
「ゼロ、何やら楽しそうな事をしていたようね」
「なんだ見ていたんじゃないのか」
「深層意識でぼんやりとはね。今回は魔力だけじゃなくて精神力も体力もほとんど枯渇していたから、アリアに出てきてもらったんだけど」
器としての妹のアリア、封印された魔王のルシル。今はこの身体の共有という形で存在している。
「久しぶり会えてよかったよ」
「そう言ってもらえると助かるわ。本来なら私が出て行かなくてはならないのに」
「そんなことはないさ」
「ううん、私がアリアを占拠している事実は変わらないし」
「でもそれでアリアは生きていられる。この状況を解決させる方法はきっとあるさ」
「そうね、ゼロ。ありがとう」
湯が雨のように降り注ぐ中、ルシルは照れた笑いを見せた。
「ちなみにさ」
「なんだ?」
ルシルが指で服をつまむ。
「なんで私たちこんなにずぶ濡れなのかな?」
濡れた服が肌に張り付いて、透けた部分は肌の色が浮かび上がっていた。これだけの水を被れば当然の事か。
「深層意識だとそこまでは判らなかったか」
「ん?」
「とりあえずこれを羽織っておけよ」
俺は自分の外套をルシルにかける。
「ありがとう。でもこれすごいぼろぼろなんだけど」
「お前たちと戦った結果だ、無いよりはいいだろう」
ぼろぼろだというのに、なぜか嬉しそうなルシルを見て俺は少し安心した。