取り戻した力
身体が羽のように軽い。剣が思い通りに動く。俺が勇者として戦っていた頃の、いやそれ以上の戦い方ができる。
俺が剣を一振りすれば、その剣圧で襲撃者たちが吹き飛ぶ。力を入れて剣を振れば衝撃波が空間を切り裂いて敵に傷を負わせる。
「なんだこいつ、いきなり動きがよくなりやがった」
「契約者スキルなら俺たちだって使っているっていうのに」
「馬鹿なっ、強さが桁違いだぞ!」
圧倒的。今まで戦っていた相手の変貌ぶりに驚きを隠せない襲撃者たち。
「戦意喪失まであと一息か」
敵の攻撃はもはや受けることすらない。動作がゆっくりに見えるようになり、先も予測できる。避けるどころかその動きを利用することさえできる。
一人の男が俺を攻撃する。その太刀筋を少しだけずらしてやれば、その攻撃が別の男の肩に突き刺さって同士討ちのようになる。突進してくる奴の足を払えば別の奴に向かって倒れ込む。
俺が攻撃を当てようとすれば、望みの場所へ一撃を与えることができる。首筋でも背中でも。
「何を怯んでいる、行けっ、反逆者ゼロを倒せば褒賞は望みのままだぞ! 行け、討ち取ってこいっ!」
ようやく手の炎を消したソウッテが偉そうに命令する。指示を飛ばすだけで自分は一切戦闘に加わろうとしない。それどころか剣さえ抜いていない有様だ。
俺は一足飛びにソウッテの間合いへ入る。
「ひっ!」
「仮にも部隊をまとめる奴が悲鳴を上げるなどと。戦わせている兵士たちに顔向けができないだろうに」
俺は戦闘のさなかに奪い取った短剣でソウッテの右腕を切り裂く。派手な血しぶきを上げて肘から下が宙に飛んだ。
手にした短剣をルシルの近くにいた男へ投げる。短剣は男の額をかすめて飛んで行くが短剣が通った衝撃波で男は耳から血を垂らして倒れ込んでしまう。
「少し力を入れすぎたか」
できる事なら同じ釜の飯を食った仲間の命までは奪いたくない。
だがスキルを使った俺は思った以上に強かった。強すぎた。手加減が難しいのだ。
俺の独り言でついに襲撃者たちの気持ちが砕け散った。
「うわっ!」
「隊長がやられた!」
「こんな化け物みたいな強さ、聞いてねぇぞ! みんな退け、退けーっ!」
「ま、待てっ、誰が退却と言った! 待たんかー!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく部下を見て、ソウッテは肘を押さえながら部下を留めようとする。
「怪我人がいても我先に逃げていくとは、王国の兵というのも質が落ちたな……」
フードをはねのけたまま風に髪をなびかせてルシルが俺のそばに来る。もはや角を隠す必要も無い。
「どうするの? 残っているのはこの親玉と気を失った奴だけみたいだけど」
「放っておくさ。生き延びるも野犬に喰われるも奴らの自由だ。俺が手を下すまでもあるまい」
「そ。ならいいわ」
形の上だけだが俺はルシルにも自分の想いを伝えようと考えた。基本的に俺は穏便に事を済ませたいと思っているからな。放っておいて欲しいんだ。
それに魔物討伐ならともかく王国の命令で付き従っている兵たちは殺すに忍びない。
俺たちは倒れている奴らをそのままに、服の埃を払うとその場を立ち去ろうとする。
「ぐぅぬぬぬ、覚えておけ、覚えておけよ反逆者の大罪人めっ! 必ずこの礼はするからなぁ!」
ソウッテが吠える。
「いや、礼をしたいのは俺の方だ。お前たちのおかげで自分の力を取り戻せたのだからな」
俺の言葉を聞いて、ソウッテは歯ぎしりをしながら白目をむいて倒れてしまった。
「どうやら終わったみたいだね」
「ある程度の襲撃は予測していたけど、まさかこんなに大がかりな部隊が来るとは思っていなかったよ」
戦場から離れながら大きく深呼吸する。
「ねえゼロ?」
「なんだよ」
ルシルが俺を見つめる。
「成り行きとはいえゼロが私の王なんだから、これからは養ってちょうだいよね」
「いや待て、臣下なら王のために働くんだろう? 労働あっての対価だ」
「だとしたらスキルの発動条件を満たせるようになった、私の知恵と才覚をこそ認めて褒美の一つも与えるというのが、王たる器量ってものでしょ?」
いたずらを楽しんでいるような笑みを浮かべてルシルが手を差し出す。
俺はルシルと握手をしてその金色の瞳をのぞき込む。
「今俺がお前に与えられるのは信頼だけだ。それ以外のものは出世払いで我慢してくれ」
「ちょっと違うんだけどな~、でもいいや。今はそれで満足しておくよ。我が主様」
燃えさかる小屋を遠くに見て、俺たちは王と家臣になった。