表裏一体な鏡の世界
冥王が写し身の鏡を持つ。その正面に俺とルシルが立ち、鏡に姿を映す。
「茫漠の勾玉と銀枝の杖、持っているね?」
「ああ」
俺たちが手にしている事は見れば判るが、それでもジミースは確認をした。きちんと意識しているかを。
「ならいい。それじゃ、これから鏡に映った姿を転写するよ!」
ジミースは俺の聞いた事がない言語で話し出す。
「お、おお……」
俺の身体が強い力で鏡に吸い寄せられる。
引っ張られている俺が後ろを見ると、底にも俺の思念体が立っていた。
「ぶ、分裂……して、いるのか……?」
「ゼロ……主たる意識が写し身に移動して、思念体の抜け殻があそこにあるって感じだよ……」
「お、おお、そうか……。それはまた、なんとも奇妙な感覚だな……」
俺たちは自分の意識を保ちながら鏡に近づいていく。
「ぶ、ぶつかったり、は、しない……のか……」
「わ、わかんない……」
鏡に近づくにつれてその速度がだんだんと上がっていった。その勢いで顔の皮膚が引き伸ばされるように歪んでいく。
「ふぁ、ほふぁふぁ……」
「へひひふ、あふぁふぁ……」
もはや俺たちはなにを言っているのか判らない。
もう鏡面は目の前に迫っていた。
「ぶ、ぶふふぁるー!」
「あふぁー!!」
鏡に突っ込んだと思った瞬間、俺たちは鏡の裏に突き抜ける。
いや、突き抜けたのは鏡ではなく、鏡の裏の世界だ。鏡面を境界線としてその裏に広がる世界。俺たちがいた冥界とはまた違う次元。
遠く、小さい声が聞こえる。
「お……い……こえる……かぁ……」
聞き取れないがこの声はジミースのだ。
「その先は……千年前につながる……勾玉を置いたら、杖で……人間の生きている、地上界へ……」
なんとなく言葉の断片から言いたい事は伝わった。
「任せろ! たどり着いてみせる!」
俺はルシルの手を握り、鏡の裏の奥へ奥へと進んでいく。
「……あ」
ジミースの声が聞こえる。不安そうな雰囲気をはらんで。
それと同時になにか固い物が裂けるような、ひび割れるような音も聞こえてきた。
「まさかっ!?」
振り返った俺の目に飛び込んだのは、大きなヒビの入った鏡だ。
「ばかなっ!」
鏡のヒビはだんだんと大きくなり、また一本一本切れ目を生み出していく。
気が付けば鏡全体が蜘蛛の巣を張ったようにヒビだらけになっていた。
「まっ、まてっ!」
俺が慌ててももう遅い。
遠く離れた所でヒビ割れた鏡が粉々に砕け散り、俺の意識がもうろうとし始めた。
「こ、これは……まずい。まずいぞ。このまま意識が飛んでしまっては……」
俺はルシルの手を引き寄せ、身体に抱きついた。
ルシルも同じ思いだったらしく俺の背中に腕を伸ばしてしがみつく。
思念体の写しだから抱きかかえたりというのもおかしなものだが、それでも俺たちは自分の意識を保つために互いの存在を頼りにしていた。
「ゼロ……」
「大丈夫、大丈夫だルシル……」
俺たちは抱き合ったまま暗い鏡の中を進んでいく。
終わりにたどり着くまで。
「あ……」
小さな光と固そうな地面が見え、それがゆっくりと近づいてきた。
ぽっかりと浮かんだ場所は、海面から顔を出す小島のようだ。
「あそこに……」
島のような地面に下り立とうと意識を向ける。
俺たちは徐々に地面へと向かって下りていった。