写して移すための準備
海王であるマーメイドの乙凪から聞いた話だ。過去に戻るには思念体となって冥界へ行って、冥王に会うという所から始めた訳だが、思わぬ答えが返ってきたもんだ。
「え、ジミースは過去に戻れないのか?」
俺の問いに冥王であるジミースがうなずく。
「ボクは、だよ。時間遡行をして冥界に王がいなくなってはいけないからね。ボクはボクの役割を果たさなきゃならないんだよ」
「えっと、それだとどういう……」
「それでこれが必要って事さ!」
ジミースが後ろ手に持っていた大きな鏡を取り出す。
またこれは、どこから持ってきたのか……。
「これはね、写し身の鏡といってね、姿を写して移す鏡なんだよ」
「えっといや、鏡はだいたい姿を映すだろう?」
「そうだよ」
当然のようにジミースが笑って鏡の反射面をこちらに向ける。
これもまた当然のように俺の顔が映るわけだが。
「写し身の鏡、写身鏡とでも言うかな。解るだろうか」
「姿を映すのではなく、写す……複写するとか、そういう意味か?」
「そう! そんな感じ!」
嬉しそうにジミースが俺の肩を叩く。
「だがな、言葉遊びじゃなくて、いったいその鏡はどういう機能があるっていうんだ?」
「それだよ。この鏡なら、キミたちの思念を過去に写す事ができるんだ」
「過去に……」
「ああ。キミたちは魂の存在として現在の冥界に存在している」
ジミースは改めてソファーに座り直して足を組む。
「肉体は竜宮城にあるんだったね?」
「ああ、その通りだ」
「それと同じような事と思ってくれたらいいよ。思念体の本体はここにある。そして過去へはキミたちの意識を飛ばす」
「意識……だと」
「あくまで思念体としてはここにいるんだけど、同じ能力を持った写しを過去へと送るんだよ。そうする事で過去への介在ができるって寸法さ!」
なるほどな。この鏡を使えば俺たちは過去へと行けるというわけだ。意識だけ、だが。
「だとして、だ。過去に行ってからはどうしたらいい? 地上界との移動も必要になると思うんだが」
「そのために茫漠の勾玉を持ってきてもらったんだよ。その勾玉も写して持って行くといい」
「過去の地下迷宮でもう一度取りに行く必要はないんだな?」
「大丈夫だよ、持って行っちゃって。そうしたら、その勾玉を安全な所に置いて地上界に意識を集中するんだ。それで地上界に移動する事ができるよ」
「勾玉は?」
「その時には勾玉は冥界に置いたままになる。そこでだ」
ジミースはルシルの持つ銀枝の杖を指さす。
「その杖を使って茫漠の勾玉を探ると、冥界への入り口が作られるのさ!」
「勾玉と銀枝の杖が引き合うのか……」
「よくできてるでしょ?」
得意気な顔でジミースが笑っている。
冥界の勾玉と精霊界の杖がこんな所でつながるとはな。
「そ、そうか、うん」
なぜか不自然な表情でペルセナがうなずいていた。
お前絶対理解していないだろう。
俺はそう思ったが、口には出さないでやった。