新たなお使い
柔らかな日差しが風に乗って吹き抜けた。少し背の高い草の擦れる音が耳をくすぐる。
「温かい……」
日に当たっている所がポカポカしていて、身体の緊張が解けていくようだ。
「いい所のようだね勇者ゼロ。ここはのんびりするにはよさそうだ」
「このよさが判るようだな」
ジミースは地べたに座って空を見上げる。
「げーほ、げほっ、げほっ!」
その横で咳き込んでいるペルセナがいた。
「もう肺に水は入っていないでしょう、ペルセナ」
「ごほっ、ごほごほ……で、でも、なんか胸が苦しくて……」
ペルセナがゼイゼイ言いながらも呼吸を整えようとしている。
「それで、あんたたちはいったいなにをしたいのよ! こんな余裕見せちゃってさ!」
「いきり立つなよペルセナ。ボクだって彼らがなにをしたいのかなんて知らないけど、ともかくボクの居城に訪れた客人だよ。無礼があってはいけないからね」
「なにが無礼だよジミース! あんたが冥王をやっている事自体が無礼だっての!」
「はっはっは、言うねえ相変わらず」
冥王のジミースは大笑いしながら仰向けに寝転がった。
「いつまで笑ってんのよジミース!」
「いやあごめんごめん。ほら、お客人がきょとんとしているよ。キミの事を紹介していなかったからね」
ジミースは仰向けになったまま、ペルセナに指を向ける。
「この子がペルセナ。冥王の位を狙っている、ボクの妻だよ」
えっ!?
俺もだけど、ルシルが驚いた顔を見せた。
「つ、妻? だって、冥王さんは女性でしょ……」
ルシルの言葉を聞いて、ジミースが自分の身体をペタペタと触っている。
俺が服を消してからずっと裸のまま。均整の取れた、大人の女性のそれだ。
「ああ、これね。ボクたち冥界の神と呼ばれる存在に性別はなくてね」
「男女の区別がない?」
「そう。この身体は昔に気に入った人間の姿に似せたものなんだよ。この姿が一番しっくりくるっていうだけで、別にボクが元からこの姿だったって事はないんだよ」
「え、じゃあ冥王さんの元の身体は……」
「だいぶ昔の事だったからね、ボクももう忘れちゃったよ」
なんと、いい加減だなあ……。
「判っていると思うけど、冥界では想いの力がなによりも重要だよ。だから自分の身体も一番自分の好きな形に留めておく事ができるんだ」
「そ、そうなんだ……」
ジミースは上半身だけ起こして、両手を広げる。
「キミたちもボクの身体を気に入ってくれると嬉しいな」
「じゃあその前に服を着ようよ」
ルシルが念じると、ジミースの身体に布が巻かれて服になった。
「えー、別にボクはあの姿が好きだから、みんなにも見て欲しいんだけどなあ」
「ちょっとそれは発言としてどうかと思うから、とりあえず着ておきましょうね」
ルシルはなぜか笑顔で怒っている。
「それで、あんたら」
一向に状況が理解できないペルセナが腕を組みながらイライラした様子で割って入ってきた。
「人間の思念体がなにをしに、ここまで来ているっていうのさ」
「それは……」
俺たちが思念体で冥界に来た理由として、千年前に地上界で起きた事を知りたいからだという事を話す。
「ほう、千年前なあ。記録も歴史も残っていないのか」
ジミースは面白そうにニヤニヤして俺たちの話を聞いていた。
「ああ。海底のマーメイドたちにもその頃の情報は残っていなかった」
「そうか……ペルセナ」
ジミースに呼ばれたペルセナは不機嫌ながらも返事をする。
「どうだろう、彼らにあれを持ってきてもらえば」
「あれ? まさかジミース、人間たちにあんな物を取ってこさせようっていうの!?」
「そうだよ。あれがあれば過去の出来事を知るにはうってつけじゃないかな」
「そうかもしれないけど……冥界の神ならいざ知らず、ただの人間に使わせるのは……」
悩むペルセナ。いつの間にか俺とルシルの間に立っていて、俺たちの肩に腕を回していたジミース。
「ちょっ」
「そう驚かないでよ。でね、キミたちにやってもらいたい事があるんだ」
左右にいる俺たちの顔を交互に見て、なにかを企んでいるような顔でジミースが注文を出してきた。