想いの強さと冥界の強さ
俺は両目を閉じて想像する。
「おや?」
ジミースが呆けたような声を上げた。
俺はゆっくりと目を開ける。
そこには赤いソファーに座って足を組んでいるジミースがいる。その体勢は俺が目を閉じる時と同じ。
「おお、勇者ゼロはなかなかやるねえ」
余裕の表情で話すジミースは、一糸まとわぬ姿だった。
「俺はお前の姿にそれ程先入観を持っていなかったからな、変化を与えるのは簡単だったぞ」
「それは凄いね! ボクの想像力よりもキミの力が勝ったという事じゃないか!」
裸のまま足を組んでいるジミースはあらわになった大きな胸もなにも隠そうとしない。
「ちょっ、ゼロ!」
ルシルが俺の前に立ちはだかって視界をふさいだ。
「いきなりなにするのよ! 冥王だって裸になって平気でいられるなんて、ちょっとおかしいんじゃないの!?」
ルシルが両手で俺の目をふさぐ。これで視界は完全に遮断された。
「まあまあ、ボクは別に気にしていないさ。だってこの身体は人間と話をしやすくするためにボクが造りだした物だからね。どう見られようが、どこを見られようが、それは見る側の勝手な感情に過ぎない」
「だ、だからって」
「それで劣情を催すとしても、それはそれで見る側にお任せするさ。ボクにとってこの身体はかりそめの物。恥ずかしいという感情すら湧かないからさ」
俺はルシルの手をゆっくりと払う。
「ほら、冥王もああ言っているんだ。本人が気にしていないのなら俺たちがそれを気にしてもしょうがない……」
言っている俺の頬をルシルがつねった。
「しょうがなくないの! 相手の服を消しちゃうとか、いったいなに考えてんのよ!」
「う~ん、物は試し、みたいなところかな?」
俺はルシルを見て、想像力を働かせてみる。
「ほらね?」
「なにがほらね、よ」
「今、ルシルの服を消そうと思ったけど、ルシルのは消えなかった」
「なっ!?」
「ルシルは今の姿が自分の普段の格好だと思っている。俺が取って付けたような想像ではそれを打ち破れなかった」
ルシルは顔を真っ赤にして俺を見ていた。
「だから服が消えなかった」
「もう、そういうのは二人きりの時なら想像しなくても……」
すなわちそれは、ジミースが言うように、ジミースは自分の姿形にそれ程強い意識を持っていないという事だ。
そう思えた時に、部屋の姿が一変した。
今までのような、見た事もないつるつるの壁ではなく、見知った木とレンガでできた壁に変わっている。
それと同時に、雷のような大きな声が聞こえてきた。
「ジミース! 今日こそ冥王の座、明け渡してもらうぞっ!」
天井に大きなヒビができて欠けた屋根がボロボロと落ちてくる。
「このペルセナがお前をその座から引きずり下ろしてやるわっ!!」
天井の隙間から現れたのは、漆黒で長く波立った髪を振りかざし、簡素だがきらめきを持った漆黒の布を身体に巻いた美しい女性だった。
「よう、また来たかペルセナ。そういきり立たずに茶でも飲んだらどうだ」
ジミースはどこからか造りだしたテーブルに乗ったお茶を勧める。
「そんなのんびり優雅に草の煮汁を飲んでなんぞいられるかっ!」
「まあまあ、落ち着きなさいな。折角ボクが鉄筋のビルを建てたというのに、こんな山小屋みたいな部屋に変えてしまって……」
「それはお前の力がそれだけ衰えているという証左よ!」
そう言いながらもペルセナはテーブルのティーカップを手に取り、一口飲んだ。
「あっつ!」
口を開けて舌を出しながら、ペルセナがハヒハヒ言っていた。
「なーっはっはっは! 済まない済まない、キミは猫舌だったねえペルセナ!」
「はふはふ……ぬぅ、ジミースーーー!!!」
ペルセナの髪が逆立ち、まるで何匹もの蛇が鎌首をもたげているかのようになる。
その視線はジミースをにらみ殺しそうになるくらいに鋭い物になっていた。
辺りの風景が一変し、溶岩の噴き出す火山の火口が広がっている。ところどころひび割れた地面の隙間から焼けるような溶岩がボコボコと湧いていた。