想像による創造力
今まで見た事のない建物と装飾。ある程度見知った物としては、部屋に飾られた花くらいだろうか。
「よく来たね、勇者ゼロ、魔王ルシル」
その中でひときわ異彩を放っているのが目の前にいる女性。
「えっと、お前は」
「ボク? ボクは冥王。ここの世界の主さ。君たちの世界でも、冥王ジミースと言ったら判るだろうか」
「えー……」
判らん。正直判らん!
冥王にいきなり会えるのはいい事だが、名前までは知らなかったし、俺たちがいる地上界では冥王の事はあまり広まっていない。
そもそも冥界に来るという事自体、死んだ後の魂の活動な訳で、それを知っているのは死者だけ。
俺たちは少し異質なんだけど、それでも冥界の事はあまりよく知っていない。
「め、冥王ジミースって言うんだな。よろしく、ジミース」
「ああ、よろしく頼むよ」
ジミースが俺に手を差し伸べる。俺はその手を握ろうとして、手を伸ばす。
「お」
握手ができた。
俺はジミースと手をつなぐ事ができたんだ。
「勇者ゼロ、キミは思念体の使い方がうまいねえ」
そうだ。言われて理解した。魂だけの存在だから、すり抜けてしまうのではないかと一瞬思ったんだ。
肉体ごと冥界に来た時、魂たちと直接触れ合えなかったからな。
「そうだな、肉体と感覚が似たような物になっているな」
「それはなによりだよ。じゃあ、こういうことをしたら……」
ジミースは握った俺の手をつかんだまま、左手の爪で俺の手の甲を引っ掻く。
「いつっ!」
俺の手の甲から血がうっすらとにじみ出している。
「な、なにをするんだ!」
「まあ落ち着きなよ」
ジミースが俺の手の甲をさすった。
「傷なんてどこにもないさ」
「え?」
「ほらね?」
ジミースの手を振り払って俺は自分の手の甲を見る。
言われたとおり、俺の手にはなにも傷が付いていなかった。
「これは……思念体の力、なのか」
ジミースがにやりと笑う。
「そうだよ勇者ゼロ。キミは傷を負ったと思った。そして血がにじんだと思った」
「ああ、確かに」
「でも、傷は無いとボクがそう伝えた」
思念体、そして思う力。
「想いは、現実になる……」
「その通り」
ジミースが赤い大きなソファーに腰をかける。
「いいかい、冥界というのは別に死者の行き着く場所というわけではないのだよ」
ジミースはソファーの隣にある空の花瓶に向かって指を鳴らした。
「お、おお……」
俺はその花瓶に満開の花が飾られていた事に驚きの声を上げる。
その花束は今出現したはずなのに、もうずっと前からそこにあったかのような感覚だ。それどころか、この花瓶自体もいつここにあったのか。それを言うと、あのソファーは初めからここにあったか?
俺の頭の中がぐるぐると回る。
「判っただろう? ここは思念体の集まる場所。考えた事が、そのまま世界を変える」
「そ、それはなんとなく理解した。だが、だったら俺やルシルがこの身体なのは……」
「聞かなくても判っているんだろう?」
挑戦的な視線を俺に投げかけるジミース。
「慣れ親しんだ姿、だからか」
「正解! キミは理解が早いから楽しいねぇ!」
「俺の肉体の頃の姿を強く意識しているから、この姿でいられる。じゃあ、俺の腕がもっと長いと思ったら……」
俺は自分で意識してみる。
腕を長くして、伸ばした先にいるジミースを捕まえようと。
「あれ……?」
だが俺の腕は長くならないし、ジミースを捕まえる事もできなかった。
「腕は伸びないな」
「だろうね。キミの腕は今想像している姿が基礎になっているからね。その姿を著しく変更する想像は難しいって事だよ」
「俺の、今までの想いが強いから?」
「そうやって生きてきた自分の姿を、そう簡単には捨てられないからね。従って、変化もかけにくいというわけだよ」
俺は自分の手を見る。
普段の、いつもの俺の手だ。
「当たり前に見てきている手だから、それを変えるにはとてつもない想像の力が必要なのか」
「そうだね、その想いが強ければ、世界をねじ曲げる事すらできるかもしれないね」
「世界をねじ曲げる……」
今までの俺を変えるくらい、捨て去り新たに生み出すくらい、その想像が必要になるというのだな。
「いいだろう、面白い」
俺は両手を握りしめて、まぶたを閉じた。