四角い箱に深遠の瞳
その建物は四角かった。とにかく四角かった。
「すごいな、というよりなにがすごいのかも判らないくらいすごいな」
「う、うん……」
俺はその建物に手を伸ばす。壁は白くてすべすべしていて、陶器のように滑らかだった。
そして驚くべきは窓にはめられたガラスの板。
「これだけ大きな板ガラスをこんなにいくつもある窓にはめているなんて」
「ドワーフでもこんなガラスは作れないわ。ガラス細工ならともかく、こんなに平たくて滑らかなガラスなんて……。もしかして水晶を切り出して当てはめているんじゃ」
「まさか、いや、なにがどうなっているのかさっぱり判らん」
冥界の建物として特殊性なのか、それともこの建物が異質なのか。俺たちにはさっぱり判らなかった。
「ねえゼロ、あそこ入り口かな……」
ルシルが指で示す先には、人の背よりも高い板ガラスの扉。
「こ、ここがか? まさか、ガラスの扉なんて……石でもあれば簡単に割れてしまうぞ」
俺は大きなガラスの前に立つ。
「おわっ!?」
俺がガラスの前に立つと、ガラスは小さな音を立てて横滑りしながら開いていく。
「か、勝手に動いた……」
「ゼロ、なにこれ……」
俺たちは不思議な光景に目を奪われる。
「とにかく、扉が開いたという事だな。俺たちが入ってもいい……よな」
「そ、そうね……」
俺たちは慎重に扉をくぐると、俺たちの後ろでまた板ガラスの扉が横に動いて入り口を閉めた。
「なんなんだここは……」
冥界に来たからなにがあっても驚かないと思っていたが、いきなりの所で現実離れした状況に焦りを覚えている。
それでも状況確認は大切だ。建物の中に入った俺たちは辺りをうかがう。
中はどこかの宮殿のようにも思え、高い天井を支える太い柱がそびえ立っていて、その周りに観葉植物やベッドにも使えそうな程大きい椅子、そしてふかふかの絨毯が敷き詰められていた。
「ねえゼロ」
ルシルが正面の奥を見つめている。
「あそこ、人が……」
たどたどしい表現になっているのは、それだけルシルの見ているものに意識を奪われているというのだろう。
そこには一人の女性が立っていた。
肩まで伸ばしている髪は柔らかくつややかで、すらりと伸びた手足は華奢ではあるものの女性らしい柔らかそうな膨らみを帯びていた。
その身体は均整の取れたものだったが胸は比較的存在感がある。
なによりも特徴的なのはその瞳で、つぶらだが吸い込まれそうな黒い闇色をしていて全ての光も飲み込まれたら出られないような深さを感じさせた。
「やあ、ボクの城へようこそ、勇者ゼロと魔王ルシル」
涼やかな声で俺たちの事を呼ぶ。
こいつ、どこまで知っているのか。
俺の背中に冷たい汗が流れ落ちた。
【後書きコーナー】
挿し絵は、冥王のイメージです。