冥王への道程
思念体になってとりあえず飛ばされてきた。ここが本当に冥界なのかどうかは判らない所でもあるが。
「なあルシル、前に来た時とはまた違うのかな?」
「どうかなあ。私も死霊魔術師とかと違って、あまり冥界の事は詳しくないし」
「だよなあ。それに、前は肉体ごと来て、なんかいろいろ騒ぎになったし。そう言えばドゥエルガルたちは無事に生まれ変わりができたのかなあ」
「さぁ……」
ルシルと触れ合う感触、そして会話。深淵の闇でも互いを感じる事ができるからこの空間でも意識を保っていられる。
「前来た時は肉体があったからよかったけど、今は思念体なのよね」
「そう……らしいな。思念体っていう感覚がよく判らないけど……」
「もしかして今って、そのまま死んじゃう事もあるのかな」
冥界だからな、思念体と死者の魂を分けへだてる部分はなんだろうか。
「浄化されたり転生したりなんてなったら、元の身体には戻れないかもね」
「それはまずいな」
「まずいねえ」
言われてみれば確かに問題だ。冥界に来たとして、それはいいがこれからどうするかだな。
俺は心配というか不安から目を細めたつもりになって意識を落ち着けようとする。
「お?」
「どうしたの?」
思念体は自分で姿形を想像して、創造した姿となると言っていたかな。だとすると。
「見える、と思ってみたら、なんだか周りが見えてきたような気がするんだが」
「え、本当?」
「思い違いかもしれないが、目を細めて集中する気持ちになったら、なんとなくだが周りの風景が見えてくる気がする」
「周りの……そう言えば前に来た時に見た冥界の風景……。うっすらと見えてくるような……」
「だろう?」
本当に気のせいなのかもしれないが、それでも徐々に暗闇が晴れてきたような感じだ。
「ルシル、手元に銀枝の杖を持っているか?
「杖? あれは現実の世界に身体と一緒に置いてきたんじゃ……。冥界には思念体で来たから」
「ああ。だから杖を手に持っている自分を想像してみてくれ」
「あ、うん。やってみる……」
ルシルが集中している。俺の腕の中でゆっくりと息を整えて。
「あ。ゼロ……見えてきた。それに、手にしている感触」
ルシルが言うように、銀枝の杖が現れてその中の宝玉が淡く光を放ち始めた。
弱々しい光だが、ルシルと俺を照らすには十分。
「なんだか久し振りにルシルの姿を見た気分だよ」
「ゼロも? 私もそんな気がしたよ」
俺たちはクスクスと笑い合う。
明かりが点いた事で俺たちの様子も確認できる。ルシルは普段の服を着ていて、俺も火蜥蜴の革鎧を装備していた。
ルシルがいつもの服装なのはちょっと残念な気もするが。
「じゃあルシル、その杖を使って冥王の場所を探そう」
「探すって、どうやって?」
「そうだなあ……」
俺は一つの案を考えた。
「冥王の事を考えてみよう。意識してみるんだ」
「でも、私冥王って会った事ないから、どういう姿なのか……」
「そうだなあ。なんとなく、この空間で強い力を感じたら、その中で一番大きい力が冥王じゃないかな」
「え~、力を感じるって、よく判んないよ……」
「ふむ」
意識すれば辺りは見える。銀枝の杖も出現した。装備も普段通りだ。
「ルシル、思念伝達を使ってみてくれ。目標は冥王!」
「あ。うん! やってみる!」
ルシルは目を閉じて集中する。
「ん!」
すぐに目を開けたルシルは一点を指し示した。
「あっち! あっちにすごく強い力を、意思の力を感じたよ!」
「よし! よくやったぞルシル!」
俺はルシルの頭を優しくなでてやる。
「えへへ……」
ルシルは俺の手にすり寄るようにして身を預けた。
ルシルの指さした先に、大きな建物がそびえ立っている。さっきはなかった、いや、認識できていなかった建物だ。
「そこに、冥王がいるんだな」
「うーん、多分……」
自信のなさそうなルシル。それもそうか、そいつと会話できたわけでも、そいつが冥王だという事を確認できた訳でもないのだから。
「だけどさ、強い意識を持っているっていう事は、冥王じゃなくても冥界の有力者って事も考えられるし、精神感応できたのならきっと会話もできるさ!」
「うん!」
俺はルシルの手を引きながら建物へと向かった。