霊体での精神移動
乙凪の目が俺を見て、それから部屋の天井にある海の中を見る。
「ついに、来ましたか……」
海底が揺れた。かなり激しく。
「なっ!?」
立っているのも難しいくらいに揺れ動く。
「まさか、また海底が……」
「いえ、フローラがあの閉じた海底を管理してくれていますし、今まで多少の問題はありましたが、もう大丈夫ですから」
「とすると、なにが……」
「それは」
海底の揺れに合わせて泡の膜も激しく揺れる。
「ゼロさん、ルシルさん、これを」
乙凪は俺たちに布きれを差し出した。
「これは?」
布きれは左右に大きめの穴が空いていて、顔半分を覆うくらいの大きさだ。
「これを口に当てて、穴を耳に掛けてください。中に竜神の逆鱗を縫い付けていますので、手を使って押さえなくても水の中で呼吸も会話もできるようになります」
「おお、それは便利だな! ありがたく借りる事にするよ!」
俺たちは乙凪から竜神の口当てを受け取り、早速装着した。
それと同時に気泡が弾け、部屋に海水が流れ込んできた。
「ぶぱっ! お、でも息が苦しくない」
「ちゃんと話しもできるね。ちょっと声がこもって聞こえるけど」
「でも両手が使えて、これは便利だな!」
海水の中に埋もれても問題無い。俺たちはこの揺れの原因を見極めようと辺りを見回す。
見える範囲ではあるが、竜巻のような渦が海底から何本も立ち上がっていて、海をかき回していた。
「これは……海底が揺れているのではなく、海が攪拌されているのか!?」
「このままでは海底も持ちません。ゼロさん、ルシルさん」
乙凪が俺たちの手を握る。
「今一度、冥界へとおもむいてもらいます」
「えっ!?」
「冥界に、か?」
「はい。ですが、時を超えるには思念体で行かねばなりません」
「思念体で……」
「身体は竜宮城でお預かりします。とはいえ、ゼロさんたちが冥界を通り過去へと飛んだ場合、戻ってきたとしてもこちらとしては一瞬の出来事。今から数秒も経たないと思いますが」
「え、あ、そうなのか……?」
「はい」
過去に飛ぶとか思念体とかよく判らないが、それが過去の事を知る方法なのか。
「今、竜宮城は天界の者たちに攻められています。この海流もその一つ」
「なに!? だったら今戦って……」
「いいえ、それはなりません。今のゼロさんたちが戦っても、天界の者たちには勝てません」
「判らないだろう! 戦ってみないと!」
乙凪は首を振って否定する。
「判っているのです。今のゼロさんでは勝てませんでした」
「勝てなかった……だと!?」
「そうです。だから過去を知り、過去の者たちと対話をし、滅ぶ未来を回避するために今に戻ってきていただくのです」
過去、現在、未来……。どうも俺にははっきり判らない話だが。
「乙凪、俺はどうすればいい」
俺は覚悟を決める。
「ゼロさん、銀枝の杖の力を使って冥界に思念体を移動させます。そこで冥王に会ってください」
「冥王……」
「そして、聖戦に立ち会う事を宣言するのです」
「聖戦、だと」
「はい。それが海王の意思であると」
乙凪は俺の手をルシルの手に重ねた。ルシルの持つ銀枝の杖の中で、真っ黒の宝玉が光を吸収するかのようにその黒さを増していく。
「なんだか子供の使いみたいだな。だが、それでなにかが明らかになるのなら、行ってみるのもいいだろう」
「ゼロ、行くの?」
「ああ、もう一度行ってみようじゃないか」
俺はルシルの手を握る。
「冥界にな」
乙凪が俺とルシルの額に手を当て、なにかを念じていた。
俺たちの意識が真っ暗闇に飛ばされる。
身体を置いてきぼりにする感覚。俺がなにか透明な物になっていく感じがした。