時の流れ
目の前にいるのは大人のマーメイド。大人というよりは妖艶な美女のマーメイドだ。
以前会った頃の乙凪とは違って、細身の身体はそのままながら、暴力的な胸の膨らみが存在感をかもしだしていた。
「お、お前、乙凪……なのか?」
俺はそう口にするだけで精一杯だ。
「ええ、わたくしもだいぶ変わりましたでしょう? 特に胸ばかりが大きくなってしまって……」
乙凪の胸は二枚貝の殻を当てているので裸とは言えないが、大きな貝殻でもこぼれ落ちそうなボリュームになっていた。
「しかしながらゼロさん、あなたは昔、この竜宮城が崩れた時にお別れした頃と、いささかもお変わりありませんのね」
「そうか? 海底の竜宮城と時の流れがどれ程異なるかは判らないが、そんなに時間が流れたものかねえ」
「流れましたとも。そう、かれこれ千年程は……」
千年。やはり、か。
乙凪たちマーメイドは長命の種族だ。
だが長命だけあって成長も遅い。人間に比べれば変化に気が付かない程だし、マーメイドたちが子供の間に人間は歳を取り、子を宿し、死んでいく。
実際には竜宮城の時の流れが地上と異なっているという事もあるが、その逆という事は考えにくい。
「だが乙凪、俺が言うのもおかしい話だが、俺がお前の知っているゼロではなく、ゼロに似ている別人だとは思わないのか?」
「そうですわね、わたくしもそう思わなくもないのですが……。家中の者より聞きました時には、我が耳を疑いましたわ。ですが、竜神の鱗を咥えているというではないですか。それもわたくしがお贈りした物」
乙凪は俺が懐にしまっている竜神の鱗を知っていたのだ。
そしてそれを俺が使ってここまで泳いできた事も。
「ゼロさんを見間違える事はございませんわ」
乙凪は手の甲を口に当てて、コロコロと笑う。
「それにしてもゼロさん、どのような魔法をお使いになったのですか。竜宮城の時間は地上の百倍に相当しましょう。地上の千年は竜宮城の十年程。ですがゼロさんはその逆、地上の千年をまるで昨日のような若々しさをお持ちでいらっしゃる」
「ふうむ……」
俺は左手を自分の顎に当てて考えを巡らせる。
「俺にも判らないが、ここへ来るまでに精霊界と冥界を通ってきた。それで時の流れが違ったのかもしれないな……。でも、あ!」
「どうなされました?」
俺が急に大きな声を出したものだから、乙凪も驚いてしまったのだろう。
「もし、仮にだが……」
「はい」
俺は自分の考えが恐ろしくなり、言おうか迷ったのだが……。意を決して口に出す事にした。
「仮に俺が自分たちのいた時代から千年経った時代に移動したというのなら、一緒の時代に暮らしていた奴らは、もう……」
そうだ。
仮定の話だが、千年も時間が過ぎてしまったのなら、シルヴィアやカインたち……そして俺の妹、アリアも……。
乙凪が伏し目がちにうなずくのを見て、それが現実であると感じた。