宝玉の存在と価値
ボンゲ公国の公爵、バソーヤック・ボンゲは灰となって消えた。降伏した将軍もそうだが、これでボンゲ公国を治める者がいなくなったという訳だが、市民たちはどうなのだろうか。
「市民の被害はかなりなものにも見えるが……」
「そうだね、自分たちの公爵が牙を剥くんだから、市民としてはやってられないよね」
「家も穴だらけでボロボロだし。そうなると、とにかく今動ける奴を集めて、被害者の救出にあたらないとな」
「うん。って言ってもゼロ、どこから手を付けたらいいか……」
ルシルが悩むのも当然だろうな。俺だってそうだ。
辺りには兵たちの死体だけじゃなくて、街にいた市民たちの死体も転がっている。
公爵はご丁寧に全ての針に毒を仕込んでいたようで、刺された奴は例外なく死んでいた。
「生きている奴がいないか、そこからだ」
俺は瓦礫をどかしながら、生存者の確認を急ぐ。
巨人程の大きさもある岩をどけた時だ。
「い、つつつ……」
岩のくぼみから声が聞こえた。
「おい! 誰かいるのか!?」
「ゼロ、岩と岩の隙間! なにか動いた!」
俺たちは岩をどけ、瓦礫が崩れないように慎重に、それでいて素早くどかしていく。
「こ、ここだ……」
か細い声。だが岩の隙間から手が見えた。
「よし、少し待っていろ! SSSランクスキル発動、円の聖櫃! 瓦礫が崩れないように……支えてくれっ!」
俺が魔力を展開させ完全物理防御の膜を発生させる。
半球形の膜は、その外にある物が中には入らないようにできるから、例えば瓦礫が落ちてきたとしても、円の聖櫃の中には入ってこれない。
「よし、今取り除くぞ!」
俺は円の聖櫃で被害者を守りつつ、急いで瓦礫をどかす。
「ぶはっ、はぁっ……」
手を伸ばしているその奥で苦しそうな呼吸音が聞こえる。
「そらっ、来いっ!」
俺はその手を握ると、瓦礫をどかしながら引き上げた。
「た、助かった……」
引き上げたのは長い金髪の女。
「アカシャ、か」
「あ、ああ。済まないな、ありがとう。うまく岩の影に隠れたと思ったのだが、逃げ道までふさがってしまうとは思わなかったからな……」
アカシャを引き上げた岩の影には、下に続く穴のような物が見えた。
「これは?」
「地下室……どうやらここはなにかの倉庫だったらしくてな、地下に貯蔵庫があって、そこに退避していたんだ」
「どうもお前は地下に縁があるようだ」
「ま、まあな……」
その地下室にはガンゾの兵も数名避難しているようだ。そしてこの都市の市民たちも何人か見えた。
「もう地上は大丈夫だ」
「公爵は、どうしたんだ?」
「奴は俺が倒した。もう棘の雨が降ってくる事はない」
「そうか……。となれば、ガンゾ辺境伯領の、自分たちの街は守られたという事かな……」
アカシャは適当な岩に腰を下ろしてため息をつく。
既に地上へ逃げ出していた連中がいなくなったのを見計らって、円の聖櫃の透明な虹色の膜を消す。消えると同時に瓦礫が押し寄せてきて地下室が埋まった。
「それにしても宝玉か。魔法の能力を留めておく道具かと思っていたが」
俺は公爵からとりだした宝玉を拾って眺めてみる。
もう力は残っていないようで、針の一本も出ないただの石の球になってしまっていた。
「なあアカシャ、お前たちはスキルを……俺たちが持っているような力を発現させる事はできないんだよな?」
「ん? あ、ああ。あの手妻の事か」
アカシャは自分の手を見て、なにかを考えるような仕草をする。
「ん~、よく判らないが、そうだな。自分には貴様らのような力は無い。それはガンゾの民だけではなくボンゲの連中も同様だろう」
「そうか。だが宝玉は使えるという事だよな」
「ああ。水龍の宝玉もそうだが、希少な物だからな。そうそう手に入る物ではないからおいそれとは使えないし」
「風呂には使ったりするようだが」
「ああ、風呂は浸かるものだからな」
「う、うむ……」
宝玉は存在してスキルのような魔法の能力が使えるが、それも限定されたものでどうやら使い切りのようだ。
そしてなかなか手に入らないとなると。
「どうやって手に入れたんだ?」
「水龍の宝玉か? これは旅の冒険者から譲ってもらったのだ。なんでも湧き水の豊富な山にある洞窟の奥で、地底湖に数百年間眠っていた物を引き上げたとかなんとか」
「その場所は知っているか?」
「う~ん……。そうだなあ、水龍の洞窟ではないが、他にもいろいろと宝玉の噂は聞いた事がある」
「なるほど」
なにかのきっかけで溜め込まれた魔力なり能力なりが形になった物が宝玉になっているのか。
ルシルが持っている銀枝の杖は精霊界から引っこ抜いてきた奴で、こちらの地上界でできた物ではない。魔力を保存する物としたら魔晶石があったりもするが……それは宝玉とはまた違う気もする。
「ゼロ、宝玉がどうかしたの?」
「ああ……そうだな。公爵が持っていた鉄の棘を出す宝玉。あれがあったから奴は暴君になったのではないかと思ってな」
「力が、権力者を狂わせた?」
「そうかもしれないと思ってな……」
そして公爵が死に際に言っていた、失われた千年というのも気になるのだが。
「それは後で考えよう。それより今は」
俺はひとまずまだ助けられそうな奴が残っていないか瓦礫をどかし、アカシャたちも救助活動を行ってくれる。息があれば俺やルシルの治癒能力で回復させる事ができるかもしれない。
敵味方関係なく、助けられるのであればな。
日も傾き始めて、夜が近づいてくる。
荒野の中に作られた都市は、日が落ちると気温も一気に下がるからな、暗くなるまでが勝負だろう。
公爵の攻撃を受けなかった地域の市民たちも救護に駆けつけてくれて、戦場となった市街地は怪我人があふれる救護所と化していた。