えぐり倒す
公爵は胸を押さえてかがみ込む。
「ぐふっ、こんな……事で」
俺の放った斬撃は公爵の胸を深くえぐっていた。肺にまで届いたのだろうな、口からも血が噴き出しているようだ。
「あれだけ大騒ぎしていれば場所の検討はつく。俺はそこに剣を振るっただけだ」
「ぐ……だが、だがこれしきの事で予が膝を屈するとでも思うたか……」
言うだけの事はあるな。公爵は胸を斬られてもなお、膝を震わせながらも立っている。
「だがその頑張りもこれまでだからな。Sランクスキル発動、超加速走駆。この俺の動きを見極める事ができるか!?」
俺は爆発的とも言える速度で公爵の背後に回り足を払う。
「ぶぎゃっ!」
無様な叫び声を上げて顔面から大地へと突っ込む。
膝を付く以上の醜態だ。
俺はその後ろ髪をつかみ頭だけを引き上げる。
「さっきはよくもやってくれたな」
「な、なにをだ……貴様にはなにもしておらぬだろうが……」
「俺にどうこうという話じゃないだろう。あんな無差別に人を殺しておいて」
「そ、それがどうした。予の国民であれば生殺与奪の権利は予にある! 敵兵であればなおさら予が殺してやるというものだぞ!」
俺は公爵の顔を地面に打ちつけた。
「ぎゃぶらっ!」
「お前はそうやって地に額をこすりつけて罪を償え。許しを請え!」
俺は何度も何度も公爵の頭を地面に叩き付ける。
「ぐっ、この下郎がぁっ!」
公爵が折れた歯をまき散らしながら叫ぶ。
そうだ、こいつにはあの力があるんだ。
「クソがぁっ!!」
公爵の中に魔力がみなぎっていく。そして以前俺たちが見た公爵の姿……全身鉄の棘に覆われた棘人間の形になった。
「やはり貴様らは予が討ち滅ぼさねばならぬようだなぁ!」
公爵は棘だらけの腕を振るうと、そこから抜けた棘が辺りにまき散らされ、剣で打ち払う事ができた俺はともかく、他の兵たちに次々と突き刺さる。
「ぐわっ!」
「ぎゃあぁ!」
調子に乗った公爵は次から次へと生えてくる棘を周囲にばらまき、その都度兵士たちが倒れていく。
「ゼロ、さっきの内に殺しちゃえばよかったのに」
ルシルは飛んでくる棘を気にする様子もなく俺に忠告する。
まあ、ルシルに当たりそうな棘はルシルの魔法障壁で弾かれているのだが。
「いや、あれはわざとだ」
「わざと?」
おうむ返しに聞くルシルに俺はうなずいてみせる。
「公爵にあの能力を使わせないと、あの魔力が暴走するんだ」
「暴走って、今がまさにその暴走じゃないの?」
ルシルの言う事ももっともだが。
「あれはまだ公爵の器に捕らわれている。だが公爵は宝玉の力に支配されてもいる」
「支配……」
「あの攻撃性は宝玉の支配と公爵の残忍性が相まって、こんなにも力を発揮しているんだ」
「だったら……早く……」
「ああ」
俺は棘を放ち続ける公爵に向かって歩き出す。
向かってくる棘は全て打ち落とし、一歩ずつ間合いを詰めていく。
「な、なんだぁ貴様ぁ! なぜ予の棘が当たらんっ!」
「当然だ」
「なぜだぁっ!」
俺は剣を振り回しつつ公爵を間合いに入れた。
「俺の方が強いからだ」
俺の剣は公爵の棘を払い、公爵の身体から生えている棘も斬り落とす。
「なっ!?」
身体から生える棘は俺の剣でことごとく斬り落とされ、それが徐々に減っていく。
「な、なぜっ!?」
「宝玉の力とて無限じゃないんだよ」
俺は剣を公爵の胸に突き刺し、そこから身体の中身をえぐり出す。
「ぐ、ぐわぁぁっ!!」
心臓の場所にあったのは、黒く染まった丸い宝玉。それが公爵の身体からこぼれ落ちると、公爵の棘はもう生え替わらなかった。
「や、やってくれた……なぁ……」
宝玉をえぐり出された公爵は、また元の人間の身体に戻っていく。
こうなると棘人間ではなくなる。ただの人間だ。
「予は……失われた千年を埋めるために……メイスチン王国を再興させるために……」
「この力を飲み込んだというのだな」
「ぐっ、ぐふっ……」
宝玉の力を失った公爵は、見る間に皺だらけになって干からびていった。
「予が……世界を……失われた……」
公爵は宝玉の力に頼り、己の力を過信し、そして力に飲み込まれたのだ。
その力を失った時、公爵もまたその生を終える事になったのだが。
「よいか貴様……予は滅びようとも……メイスチンは滅びぬ! 失われた千年を取り戻す者が、必ずや貴様を、予の覇道を妨げた者を許してはおかぬからな……」
公爵はしわしわになった腕を俺に向け、落ちくぼんだ目でにらみつけていた。
そして砂のように粉々に崩れ落ちた公爵の身体は、灰となって散っていく。
気になるのはそのメイスチン王国と失われた千年。
「いったいなにがあったんだ、この国には……」
風に舞う公爵だった灰はどこかへと吹き飛ばされていき、辺りには棘に刺されて倒れた兵たちの死体だけが残されていた。