もう一度現れて
将軍が降伏した事で近くにいるボンゲ公国軍の兵士たちは意気消沈。皆が武器を捨てて投降する。
「ゼロ、とりあえずこの将軍を引っ張ってってさ、都市の外に来ているアカシャたちの戦闘を止めないと」
「そうだな。おい将軍、ちょっと付き合ってもらうぞ」
俺は将軍の首を背後から絞めながら、引きずるように連れて行く。
行き先は騒ぎの大きい方。都市の外縁で戦いが起きていると思われる場所だ。
「ぐ……ぐるじい……」
「うるさい。死なない程度にしてやっているんだから黙ってろ」
「び、びぃぃ……」
涙と鼻水でぐじょぐじょになっている将軍をつかみながら通りを進む。この状態では誰も俺たちの行く手を阻もうとはしない。
「そら、そろそろ見えてくるだろう」
高い壁が遠くに見え始めた。都市を守る城壁の役目を果たしているものだ。
壁の上は人が行き来できるようにできていて、防衛のための兵士が壁に取り付いた敵を弓や岩で撃退しようとしていた。
「早く止めないと双方とも被害が大きくなるばかりだ……」
俺は将軍の首を後ろからつかむと、そのまま頭上に持ち上げる。
「ボンゲ公国の兵たちよ! お前たちの将軍は降伏した! 見ろ! 将軍の命は俺の手の中にあるのだ! 戦いを止めろっ!」
俺の声が壁中に響き渡った。
「しょ、将軍……」
「本当だ……将軍様だ……」
「え、俺たちは負けたのか……」
兵士たちに動揺が伝わる。俺の後を追ってきた兵たちの戦意喪失した様子も相まって、壁で防衛していた兵士たちも士気が下がっていく。
「外から敵が押し寄せてきて、指揮官の将軍様も捕まっている……」
「俺たちは終わりだ……もう勝てない……」
すんなり負けを認めてくれるのであれば助かるというものだ。
俺は将軍を立たせてボンゲ公国軍が降伏した事を周知の事実とするよう、将軍の兜を剣先に引っかけ、高々と掲げた。
「無益な流血を止めよ! 戦は終わりとするっ!」
俺の宣言でボンゲ公国の兵たちが戦闘を止め、外の連中も攻撃を終了させる。
都市の中央扉がゆっくりと開き、そこから隊列を組んだガンゾ辺境伯軍が入場してきた。
「やはり、先頭にいるのはアカシャか」
「だね」
ガンゾ辺境伯軍はアカシャに率いられて行進する。アカシャは剣を納め、俺たちの前に進んできた。
「流石だな。貴様の働きはたいしたものだ。自分も急ぎ駆けつけたつもりだったが、その前に片を付けていたようだな」
アカシャは長い金髪をたなびかせて近づいてくる。
「こやつがボンゲの将軍か」
「ああ。捕虜としているからな、扱いは慎重にな」
「それくらいわきまえておるわ! 交渉材料にも使うからな、手荒にはせぬさ」
さあどうだかなあ。
だがともかく、これで戦闘は終わりになった……はずだ。
「ふははははっ!」
どこからともなく聞こえる笑い声。
「そうすんなりとは終わらせてくれないか……」
俺は辺りを見回すが、それらしい姿は見つからない。
「公爵、か……。またしても隠密入影術で身を潜めているとでも……」
突如空から無数の針が降ってくる。
「ぐわっ!」
「ぎゃぁっ!!」
その針の雨はガンゾの兵たちを次々と穴だらけの死体に変えていく。
アカシャはその様子を見て自軍の兵たちに指示を飛ばす。
「総員、散開っ! 散れっ! まとまっていると狙われるぞっ!」
言っているそばから将軍が無数の針に突き刺されて倒れ伏した。
「アカシャも、逃げろっ!」
「言われなくてもっ!!」
俺たちはバラバラになって都市の中に紛れ込む。
「うわぁっ!」
「公爵様っ、なぜっ!」
降り注ぐ針の雨はボンゲ公国軍の兵士にも牙を剥く。
それだけではない。
都市の家屋にも落ちてきて、家の中に隠れていた市民たちの悲鳴も聞こえる。
「ふぁーははははっ! 突き刺せっ! 貫通しろっ! 全ての物に穴をうがてっ!!」
公爵の声がはっきりと聞こえた。
「なっ、お前なにやってんだ! ここにはお前の民もいるだろうがっ!」
「ふぁーははははっ! 民草ごときがなんだ! たやすく敵へ降りおって! 公国民としての誇りはないのかっ!!」
「生きる事、生き残る事がなによりも大事だろうが! それをないがしろにして、なにが公爵だっ! なにが支配者だっ!」
声の方へ剣を振るう。
「Sランクスキル発動、剣撃波! そこにいるのは判っているんだぞ!」
実際は当てずっぽうなのだが、一番声のする方へ衝撃波を放つ。
「ぐぎゃっ!」
手ごたえありだ。
悲鳴のあった空間からじわじわと血が流れてくる。よく目をこらせば、そこに公爵であるバソーヤック・ボンゲの姿が見えた。