平和を謳歌する市民たち
ボンゲ公国の中央都市だけあって、賑やかさはすごかった。人の行き来も多いし、なによりも活気がある。
「商売も盛んみたいだが、近くに農園とかは見なかったな」
「そうなの? 私は気にしていなかった」
俺たちは都市に入って大通りを散策した。今の状況を確認するためだ。
「見てみろよ、都市には人が多くて物もたくさんある。食べ物も店先にいっぱい並んでいる」
「そうだねぇ、美味しそうだよ。今まで鹿とかを焼いて食べていたくらいだもんね、甘いの食べたいなぁ」
「ああ、後で買おう」
「やった~!」
「そこで気になるのが、この都市の胃袋をどう賄っているかって言う事なんだよ」
果物が買える事に気を取られて、俺の話はあまり聞いていないかもしれないけど。
「見るといろいろな種類の食べ物がある。穀物や果物を見ても、この地域だけでは採れない物ばかりだ」
「都市だからね、いろいろなところから集まってくるんじゃないの?」
「そう、集まってくるんだ。自分たちでは作らずに、な」
「ふぅん」
ここの人たちは身なりも綺麗で足下も汚れていない。農作業をやっている格好ではないんだ。
では一部の人たちが畑仕事をやって、その人たちはこの辺りでは見かけないだけか?
いや、都市に入る前、少し様子を見ていたが、近郊に畑や果樹園などもなかった。都市の中で畑を作っているようにも見えない。
流通。それだけだろうか。
「じゃあルシル、あの店で果物を買ってこよう」
「うん!」
俺は近くにあった店に行く。
店頭に並んでいる青果は、少しくたびれている物もあるがだいたいは新鮮そうな物だった。
「おやいらっしゃい、なんにしますね?」
店の親父が気さくに話しかけてくる。にやりと笑う歯はキラリと光った。
「果物やナッツ類が多いかな……。葉物野菜は塩漬けか」
「そうですねえ、この果物は南から来た物でしてね、皮を剥くと中からみずみずしい実が出てくるんですよ~。ちょ~っと甘酸っぱくて、今年の出来はなかなかだって聞きますよ~。それに、元気を出すならこのナッツ! 少し噛み応えはありますけどね、それも結構油分が多くてしっとりとした香ばしい風味が口の中に広がるんです!」
店の親父はまくし立てるように商品を紹介してくれる。
「この近くで採れた物はないのかな?」
そう俺が聞いた途端、親父の目が細く厳しい物になった。
「お客さん、外の人だね? この都市じゃあ自分たちで食べ物は作らないんだよ。生産も加工もね」
「あ、ああ、そうなんだ」
「どこのおのぼりさんかと思ったけど、まったくの外の人か。だったらお金、持ってる?」
「金だって?」
「はぁ~……」
親父はあからさまにため息をつく。
「これだよこれ、金貨!」
親父の手に握られていたのは、戦場でよく見たボンゲ公国の紋章が刻み込まれていた金貨だ。
「いや、持っていないが」
「じゃあ用はないよ、帰った帰った!」
店の親父は手をヒラヒラさせて、野良犬でも追い払うかのようにしてみせる。
「え、ゼロここで果物買わないの?」
ルシルが悲しそうな目を俺に向けてきた。
「いや、金貨ならほら」
俺は持っていた小袋から金貨を取り出す。
押している紋は異なるが、これも一応金貨だ。
「お? おぉ、この紋は見た事がないが、ボンゴールドよりも大きいな……ちょいと兄さん借りてもいいかい?」
「あ、えっと」
俺が言い淀んでいる間に店の親父は俺の持っていた金貨を奪って、自分の持っていた金貨と比べ始める。
「大きさは……うん、こっちの方が大きい。重さ……もこっちの方が重いな。へへっ、どうも。これでしたらボンゴールドと同じ価格で取り引きいたしますよ、旅の方」
また態度が変わった。
少し釈然としない物もあるが、通用するのであれば使わせてもらおう。俺の国、レイヌール勇王国の金貨をな。
「毎度あり~」
作り笑顔の親父に見送られて俺たちは店を後にする。
ルシルは赤い果物を買ってかじりついていた。
「ルシル、美味いか?」
「うん! 甘くて美味しいよ!」
「そうか」
「でもねゼロ」
「なんだ」
「ちょっと値が高かったね」
俺のやりとりを見ていたんだからな、ルシルは状況も経緯も判っている。
「そうだな、俺の金貨はもっと価値があってもよかったんだが、その国の通貨となると、まあ仕方がないかな」
「そうだねえ。宝石一つと果物が交換じゃなくてよかったかもね」
「はっはっは、違いないや!」
流通はしている。人の出入りもある。
さて、俺たちのやりたい事……このボンゲ公国を降伏させる事はできるだろうか。
それもどうやって……。
「じゃあ、そろそろ始める?」
少し拓けた場所に出た所でルシルが話しかけてきた。
俺が反応をする間もなく、ルシルの平手打ちが俺の右頬に当たる。
「もう! 信じらんないっ! 市民になれるって聞いてきたのに、あんた全然お金持ってないって断られちゃったじゃない!」
いきなりルシルは俺を大声で罵倒し始めた。
往来の真ん中で、だ。