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浸透する毒

 ボンゲ公爵らしき影が奥で倒れている。


「ルシル、公爵を頼む! 捕まえておいてくれ!」

「判った!」


 俺はルシルにボンゲ公爵の拘束を頼んだ。隠密入影術(ハイドインシャドウ)で身を隠す事はできても、実体がなくなる訳ではない。腕でも縛り付けておけば逃げる事はできないだろう。

 その前に、俺の剣甲突ソードトラストで与えたダメージで身動きできなくなっている事も考えられるが。


「それよりもゼロはアカシャさんの様子を!」

「ああ!」


 アカシャは俺の腕の中でぐったりしていた。

 ルシルにうながされてアカシャの様子を確認する。首筋にある針を丁寧に引き抜く。刺された周りの肌は赤黒く変色していた。


「アカシャ、大丈夫か?」

「あ、ああ……貴様か。どうしたのかな、自分も意識が……戦わなければ……」

「大丈夫だ、もうボンゲ公国軍は撃退した」

「そ、そうなのか……? それはよかった。城が……なくなってしまったな」


 アカシャは土の山になってしまった城を眺めている。


「自分は……まずそうだな」

「なにを言っているんだ、そんな事はない」


 返事する俺の声にも力が入っていない。


「あれだろう、噂には聞いていた。敵の毒使いの話は。きっとそれなのだろう?」

「知っていたのか」

「ボンゲ公国に影の暗殺者がいて、毒使いだという噂だったがな……。どこから忍び込むのか、部隊の隊長や指揮官を狙って音もなく消え去るという……」


 ボンゲ公爵自身がそれをやっていたのだが、前線ではそれが脅威になっていたのだろうな。

 主要な者が暗殺に倒れていく。確かにそれであれば、ボンゲ公国としては戦を有利に進められる。


「なあ貴様よ」

「なんだ」

「お嬢さんは無事か?」

「ルシルの事か? ああ、あいつは無事だ。公爵を捕らえてくれたぞ」

「そうか、それはよかった。最後に風呂へ……入りたかったな……」


 アカシャは辛そうな状態で力なく笑った。


「もう一度くらいなら風呂に入ってやってもいいぞ」

「お、そうか? ははっ、それはよいなあ。うん、よいぞ……」

「だからおちおち毒でくたばってはいられないからな」

「ああ、ははっ、そうだな、そうだ……」

「少し痛いが、今から吸い出してやる」

「え? 駄目だろう、それでは貴様に毒が……口に入ってしまうのではないか?」


 俺は赤黒くなったアカシャの首元に口をつける。


「うっ」


 アカシャが小さくうめく。


「心配するな、俺は完全毒耐性を持っている。どんな毒でも俺には効かない」


 アカシャの反応は弱々しいものになっている。俺は構わず体液と共に毒を吸い出す。

 血とは異なる味が口の中に広がる。苦いような、痺れるような。


「ぷっ!」


 吸い出した物を外へ吐き出す。そこには黒くなった血が。いや、血とはまた異なる物だろうか。


「針の穴程度の場所から吸い出すには限度があるか……」


 俺はアカシャの首に噛みつく。両手を頭と身体に添える。


「Sランクスキル発動、重篤治癒グレートヒーリング。身体を癒やしつつ、耐えてくれ」


 首筋に歯を当てて力を入れた。柔らかい肌が裂けて血がにじみ出る。更に歯を立てると、首にある大きな血管にまで達した。


「うくっ!」


 アカシャが身体を震わせる。

 俺は治癒をかけながらも首筋から毒を吸い出す。毒に汚染された皮膚ごと噛みちぎり、吐き出した。


「赤黒いところは噛みきった。汚染された血も吸い出した。足りなくなった血は治癒で補う。さあ、どうだ」


 さっきよりは顔色がいいように思える。まだ俺は治癒のスキルを続けてみた。


「ゼロ……」


 気が付けばルシルが隣にいる。ボンゲ公爵は縄で両手両足を縛られていて自由に動く事もできない。


「私も」

「頼む。俺はまだ吸いきれていない毒を吸い出す」

「うん。SSSランクスキル蘇生治癒マキシムヒーリング


 ルシルが治癒のスキルを発動させると、アカシャの呼吸が落ち着いてくる。

 俺はもう一度アカシャの首に食らいつき、毒を吸い出しにかかる。

 吸っては吐き出し、吐き出しては吸う。


「ゼロ、もう少し……」

「ああ」


 もうだいぶ口に含まれる血液に苦みが感じられなくなってきた。毒が薄まっているのだろう。


「もういいかもしれない、最後に首の傷を……」


 俺がルシルに頼もうとした時だった。アカシャの手がおれの頬に触れる。


「首の傷は……そのままで……」

「なにを言っている。そのままにしたらいくらでも血が出てしまうぞ。俺のスキルでは難しいが、ルシルなら傷跡も残らずに治してやれるんだ」

「あ、ああ……、それであれば死なない程度に留めておいてくれ。傷跡は……残して」

「おいおい、一応お前も貴族の娘、辺境伯令嬢だろ。こんな目立つ傷が首にあってはだなあ」


 アカシャの手が俺の頬をなでた。


「それでいいのだよ、それで」


 なんだか意味が判らないが、ルシルは納得したような顔をしている。


「傷なんて残らない方がいいだろうに……」


 だがまあ本人がそう言うのだから、まあよしとしよう。

 俺とルシルは毒の吸い出しと手当てを済ませ、アカシャをゆっくりと寝かせた。

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