気が付けば殲滅戦
地面から突然湧き出してきたガンゾ辺境伯軍。虚を突かれたボンゲ公国軍は慌てふためいて次々と討ち取られていく。
「地の利は我らにあり! 続けぇ!!」
アカシャが指揮を執り、恐慌状態のボンゲ軍を蹂躙していった。
「アカシャ!」
「おお、貴様は無事であったか! 重畳である! 敵を狩るのに手伝うのだ!」
「それは判るんだが」
「そ、それでな……」
アカシャは今までの威勢の良さが影を潜めて急にもじもじしはじめる。
「あ、あの……」
「どうしたアカシャ。いつも生意気なお前らしくない」
「いや、貴様と共にいたお嬢さんは、いないのか?」
「お嬢さん……ああ、ルシルの事か」
戦闘中になにを気にしているのだか。
素直にルシルの無事を祈ってくれているのであればそれはそれでいいのだが、こいつはなあ……。
「げ、元気なのだろうか……」
「こんな戦場では場違いな質問だなあ」
俺もアカシャも、そうしゃべりながら近寄る敵兵はきっちりと打ち倒している。木漏れ日の下でのんびりと日常会話を楽しんでいるようなセリフだが、今は血生臭い戦場だ。
「貴様っ、この戦いが終わったらだな……」
あ、それ以上は言わない方がいいんじゃないかなあ……。
「自分の風呂を貸してやろう! 戦の汚れを落とすといい!」
「あ、うん……。それはどうも」
「で、だな、その時に自分も共に入って、そうだな、背中を流してやろうじゃないか!」
アカシャは意気込みながら敵兵の首を刎ねる。
「そうだな、無事に戦を終えたらだな」
「そうか! う~ん、そうだよなあ」
安心したような、少し残念そうな。
「そ、その時だが、お嬢さんも一緒に……入ってくれるだろうか」
「へ、なに? 今ちょっと戦いに集中していて聞こえなかった」
そうごまかしたけど、俺は聞き流そうと思った。
「だからだな! お嬢さんと風呂に入りたいんだっ!!」
こいつ、言い切りやがったな。
だんだん判ってきたけど、こいつは長い金髪で顔も整っている。スタイルだって出る所は出ていて、絞るところは絞られている。かなり貴族の若殿からは人気が出そうだが、アカシャに見合う戦闘力を持った相手となるとどれだけいるだろうか。
「と、ともかくだ、ルシルは近くにいる。安心しろ」
「え、どこなのだ!? 近くといっても見えないではないか!」
それはそうだ。隠密入影術で身を隠しているんだ。そうそう見つかる事はない。
それに、ルシルはボンゲ公爵がどこにいるかを探ってくれているはずだが。
「だから後で会わせてだな!」
「えっ! なんだって!?」
やはり戦場だけあって、会話が聞こえない事もあるようだ。アカシャが俺に近づいてきた時だった。
「いつっ……」
アカシャが首元を押さえる。
「ま、まさか! アカシャ!!」
俺はとっさにアカシャの首元を見た。
「ちょっとなんだよ急に。小石でも飛んできたんだろうて、心配には……及ば……」
アカシャの首には小さな針が刺さっている。
アカシャが立っていた所とその確度、それからこの針が飛んできた位置。勢いと突き刺さっている深さ。
『ゼロっ! こっち!!』
ルシルからの思念伝達と方角が合致する。
「Sランクスキル発動、剣甲突! 突き抜けろっ、我が剣撃の矢よっ!!」
俺の放った剣の衝撃波が鉄針の飛んできたであろう方向へと発射された。
「ぐぎゃっ!!」
なにもない空間からうめき声が聞こえる。
「手応え、ありっ!!」
辺りを見れば、ガンゾ辺境伯軍だけが立っていた。周りにいたボンゲ公国軍の連中は、ことごとく討ち果たされたか逃走したか。
そしてもう、意識しなくとも見えている奴が少し離れた所で倒れていた。