地の底からの脱出
今や城の形を成していない土の山が目の前にある。
辺りを探すが公爵の気配は感じられない。俺の様子を見てルシルが自分の考えを教えてくれた。
「ゼロ、私も隠密入影術で隠れてみる」
「大丈夫か?」
「うん……私が隠れた所で公爵を発見しやすくなるとは思わないけど、でも隠れる者の気持ちが判るかもしれない」
「そうか。ならなにかあったら思念伝達で伝えてくれ」
「じゃあ行ってくるね」
そう言うとルシルは目の前から消えた。ルシルの隠密入影術もなかなか上手くなったものだ。俺もふと意識を逸らすと、もうルシルの姿を認識できなかった。
「とは言え、ルシルもそう遠くへは行けないだろうからな。俺は俺でどうするかだが……」
俺は振り向いてボンゲ公国軍の連中を見る。奴らはガンゾの城が破壊された事で戦意が高まっているようにも見えた。
「それもそうか。降伏か停戦かで揺れていた軍が、最高司令官の登場と敵城の破壊。あとは殲滅戦に移行するだけと考えてもおかしくはない」
さっきまで意気消沈していたおっさん兵までも、目をぎらつかせて戦闘態勢になっている。
「さあさあ兄さん、一緒にいた女の子はどっかに消えちまって、兄さん一人だけになったなあ」
「勝ち戦と思っているか。確かに公爵の攻撃は強力で範囲も広い。一番厄介なのがどこからやっているのかが判らないという事だが……」
俺は特に慌てる必要もない。ゆっくりと剣を構えて敵の攻撃に備えた。
「今までは俺も街の被害を最小限にと思って、お前たちボンゲの連中を倒すのにも個別に相手していたが、これだけ街も破壊されて城もなくなった状態だからな。もう遠慮はいらないだろう」
「なにを偉そうに! 兄さんはボンゲ公国軍と戦えると思っているらしいな!」
「当然だが」
俺がそう言い放つと、おっさん兵もたじろぐ。
「だ、だがな、強気でいられるのも今だけだからなっ! おおい、お前らっ、この兄さんを血祭りに上げて、ガンゾ掃除の大仕上げと行こうじゃねえか!」
「おーっ!!」
雄叫びを上げるボンゲ兵たち。
「おーっ!」
「お、おお?」
その後方の雄叫びが若干おかしな事になる。
「な、なんだ!? どうした!」
慌てるおっさん兵。周りの兵たちの混乱がこちらにも伝わってきた。
「敵襲! 敵襲だぁ!」
「なにを馬鹿な、もうゴンゾの田舎兵はことごとくだな……」
部隊の後ろの方から騒ぎが聞こえる。確かになにかがボンゲ兵たちを襲っているようだ。
「敵、敵が、地面から!」
「こっちに来るぞ!」
「ええい、迎え撃てっ!」
混乱するボンゲ公国軍。考えてみれば指揮する者がいなかったから、急な戦局の変更には対処できなかったのだろう。
「地面から湧いて出た!」
「助けてくれぇ!」
逃げ惑うボンゲ公国軍の連中。
そんなボンゲ軍の奥から、俺の知っている声が聞こえる。
「ガンゾの戦士たちよ! 今こそ侵略者を撃退する時だ! 奮い立てっ! 突き進めっ!」
それはガンゾ辺境伯の娘、アカシャの声だった。