針の雨が降る
公爵は俺が完全毒耐性を持っている事に驚きを隠せない。自分の影武者を殺そうとした毒だ、致死性の物だったのだろう。
「だが金属の針だけではなく、毒も含めて生成できるとは。俺の知らないスキルのようだな」
「な、なにを言っているんだ……予はこれで公国を無敵無敗に導いてきたのだぞ! これだけで十分、予の向かう戦場では誰も予には逆らえなかったものを……」
公爵は後ずさりながら黒マントのフードを被る。
「くっ……」
息漏れのような音を出したかと思うと、その気配が薄くなっていく。
「……よかろう、それであれば予の力、とくと見るがよい……」
姿は陽炎のように消えて声だけが聞こえる。
「いったいどういう……」
「ゼロ、さっきもやっていた隠密入影術だよ!」
「そうか、それで気配も消して姿も見えなくなったのか……。ルシルは隠密入影術を使えたよな?」
「うん、アガテーに教えてもらった」
「隠密行動のためのスキルか……」
スキルの事を知っていたとしても注意していなければ見失ってしまうくらいのものだ。スキルの達人ともなると、意識をしていてもその意識から消えてしまう事もできるらしい。
「それだけ使いこなしているのか」
隠密行動ができるのは危険だ。なにをされるかも判らないし、それを押さえる事も止める事もできないだろう。
姿だけではなく気配も消せるのだから。
「どうやら予の姿が見えないらしいな」
俺に向けた敵意があれば敵感知で検知できるが、俺以外の奴に向けられた殺意は拾えない。公爵の言う通り、防ぎようがない。
「それではそこが特等席だ。じっくりと見ているがいい! 棘刺雨!!」
スキルが発動される。
空が暗くなって雲が現れた。
「いや、これは雲じゃない!」
俺は城の上空に漂う薄暗い塊を見る。
「こ、これは……」
城の上、広範囲に広がった黒い影は、一気に城へと落ちていった。
「降り注げ、針の雨よっ!」
公爵の声だけが認識できる。その声に呼応するように、黒い雲が城へと突き刺さる。
「針の雨だと!」
あの黒い雲が細かい針の雨だとすると、あの速度で城に突き刺されば無事では済まない。
俺が心配した通り、雲に覆われた部分は土壁が崩れ、煙を上げて溶けていく。
「くそっ、やってくれたな!!」
俺は公爵の攻撃を受けた城へと駆け寄る。
だがそこにはもう城はなく、ただ土煙を上げるだけの土の塊が山となっているだけだった。
その残った欠片も、針に貫かれた穴が無数に開けられている。
「針の雨と言うより、鉄の槍が雨の密度で降ってきたような破壊力ではないか……」
城がこうなってしまっては、中にいる者たちも……。
「くっ……」
無意識のうちに噛んでいた唇から血が出ているのに気が付いたのは、ルシルに指摘されたからだった。