剥がれた仮面
公爵を名乗る黒マントの男は自信に満ちた視線を俺たちに投げる。
倒れている男は胸に矢が刺さったままだ。治癒のスキルで止血だけはしたが、それでも今にも死にそうだった。
「こ、公爵様……なんで……」
俺が腕をつかんでいた男、背中から矢で射抜かれた男が、横になりながら顔だけ黒マントの男の方へ向けてそうつぶやく。
「なぜもなにも、そなたはただ予の影をなしておればよかったのだ。差し出がましい真似をしくさりおってからに」
「そ、そんな……」
黒マントの男が言うように、こいつが本物の公爵なのだろう。この似た者同士の会話では、そう思えた。
「戦をやめるなど、余計な事を言わねばここまでせなんだものを」
「公爵様……」
「もうよい。その矢には暗殺者が使う毒を仕込んでおる。傷を治そうがもう毒はそなたの身体に行き渡っておるわ」
「う、うう……」
毒か。道理で傷をふさいだだけでは回復しなかったのか。解毒もしておけばよかったのかな。
「そう言う事だ、ガンゾ辺境伯の兵よ」
ボンゲ公爵は俺に向けてそう言ってのける。
「いやいや、俺は別にガンゾの兵でもなんでもないんだが……まあ、ボンゲとは敵対しているという点では違わないのだろうが……ううむ」
「ゼロが悩むなんて珍しいね」
「なんだろうなあ、傭兵みたいな扱い、なのかなあ。ちょっとした手伝いで手紙を渡しただけなんだが」
「でも、数万の軍を壊滅させたりしているけどね」
「そっか、そう考えたら敵は敵なんだろうな」
「そうそう」
俺たちが内輪で話をしている所に公爵が割り込んできた。
「なっ、お前らなにをそんな悠長に話をしているっ!」
「そうは言ってもなあ。で、公爵はこの戦をやめるつもりはないと言う事だよな」
「当然である! 予の国、そして予の力をもってすれば、なにゆえガンゾごとき辺境の者共を恐れる必要がある!」
「ほう、自信ありげだな」
俺は抜いた剣を肩に乗せて相手の出方を見る。
「予の力を知れば、減らず口を叩いた事をあの世で公開するだろう!」
公爵はマントをひるがえして両手を前に突き出す。
「棘刺爪っ!」
両手から無数の針が生成され、俺に向かって飛んでくる。
「金属生成のスキルか! Sランクスキル発動、剣撃波っ! 鉄針を叩き落とせっ!」
俺が放つ衝撃波で公爵の放つ無数の針を払う。吹き飛ばされた針はバラバラと落ちていく。
「これくらいで倒せると思うなよ公爵!」
「それはどうかな?」
「なに?」
勝ち誇ったような顔で公爵が俺を見る。
「ゼロ……胸」
「ん?」
ルシルに言われて俺は自分の胸を見ると、そこに小さな針が刺さっていた。
「こ、これは……」
俺は刺さっていた針をゆっくりと引き抜く。その先には紫色のなにかが付着していた。
「残念だったな、大言壮語もそこまでだぞ若造っ! 予の毒針にはかなうまい!」
「全部……叩き落としたと思ったんだが……」
「叩き落とされた針の影にもう一本仕込んでおったのだよ」
「あの無数の針は囮、目くらましか」
「よく判ったな。だがもう遅いわっ! それぇ、徐々に視界がぼやけてくるぞ!」
俺は手にした針を地面に投げ捨てる。
「これしき……」
剣を握る手に力が入った。
よし、行ける。
「一つ言っておくが」
「なんだ、遺言なら聞いてやろう。覚えていられるかは知らんが」
「大丈夫だ、そうはならない」
「ほ、ほう」
少しだけ、公爵は怯んだ気がした。
「俺は完全毒耐性の常時発動スキルを所持しているんでな」
俺は剣を構えた格好のまま、勇者スキルの一端を教えてやる。
「ほわっ!?」
一瞬、公爵は意味を飲み込めていなかったようだ。
「そ、なっ……」
俺の言葉を理解したところで、公爵はあからさまに驚いた様子だった。