影武者と公爵
俺は公爵を矢で貫いた奴を見定めるために後ろに振り向く。
「あ、あれ?」
すっとんきょうな声を上げてしまった。
振り向いた時に見た奴は、暗黒のマントを羽織りフードを目深に被っているが、それでも隙間から見える顔は。
「ちょっと、どうしたのよゼロ!」
「いや、だってさ……」
俺が言い淀むのも判ってもらえるだろうか。振り向いた俺の眼前にいるのは。
「公爵……だと」
「ふふっ、予が公爵と判っての事か?」
そこには紛れもない、今俺がつかんでいる奴と瓜二つの顔立ち。体格。そして声。
「戦闘停止命令? 寝言は起きて言うものではないぞ!」
黒マントの男はフードを払う。そこには胸を矢で射抜かれた男と同じ顔。
「ど、どういう事だ。双子とか……」
俺の言葉におっさん兵が反応する。
「ば、馬鹿なっ! 公爵様には弟君がお一人。それももっとお若い……」
「おっとそこまでだ爺」
黒マントの男が手をかざすとそこから鉄の矢が生成されておっさん兵に飛んでいく。
「ちょっ、くそっ!」
俺は左手に剣を持つと飛んできた鉄の矢を打ち払う。
「どういう事だ、この動き、振る舞いは……」
「ゼロ、これってスキル……魔力のほとばしりを感じる!」
やはり。
「ほう、流石に予にも噂は流れてきておるがな、魔力を具現化する者の話を、な!」
「それは俺たちが旅芸人とか言われていた話か?」
「ああ、その話を聞いてな。予と近しい能力を持っていると思っておったのだが。よもやこのような場でまみえようとは、思いもせなんだわ!」
この黒マントの男、こいつもスキルを発動させる事ができるという事か。
そして魔力で生成した矢を背後から俺の捕まえている公弟に突き刺したと。
「予はボンゲ公国当主、バソーヤック・ボンゲであるぞ!」
「なっ……じゃあこいつは、俺がつかんでいたこの男は……」
「そやつは予の影よ! 影武者とでも言うかの。しかしながらこやつは予の影の分際で戦を終結させようともくろみおったわ!」
公爵を名乗った黒マントの男は声高にそう言い放った。
「ど、どういう事だおっさん!」
俺はおっさん兵に問いかける。ボンゲ公国の事はよく判らないが、こうした事態は俺も考えていなかった。
いやまあ影武者がいる事自体は不思議でもないが、だからといって自分の影武者を殺そうとするか!?
「わ、儂にも判らん……確かに影武者がいるという噂は公国内でもあったが……」
おっさん兵も戸惑っている様子だった。
「ゼロ、このおっさん駄目だよ。きっと前線の護衛かそこらだよ。影武者かどうかなんてのもきっと……」
「知らされていない、って感じだな」
俺とルシルはおっさん兵の慌てぶりを見て、影武者の存在自体が公国内でも極秘裏に行われていたという事を理解する。
「とすると、だな……」
俺は同じ顔をした二人をそれぞれ見た。顔立ちはまったく一緒と言っていい。双子と言っても納得してしまうくらい似ている。
「どっちが本当の公爵なんだ!?」
俺の疑問はあっけないところで解決した。