器と中身
遠くに見えるルシル、今はその器のアリアがヒルジャイアントの肩に乗っている。
「お兄ちゃん、そっちは済んだの?」
妹のアリアが遠くからでも伝わる声で話しかけてきた。距離としては聞こえるはずもないが、俺にはそれがなぜか判る。思念伝達のスキルでも使っているのだろう。
「ああ片付いたよ。これで俺たちの邪魔をする奴はいなくなったはずだ。ようやくお前の治療法を探せるようになったぞアリア」
「そう、ありがとうお兄ちゃん」
「ルシルは今どうしているんだ。久し振りの魔王を演じて力使い果たしたか」
アリアはその小さい肩をすくめる。
「これだけの重労働だもの精神力の消費が激しいみたいね。ルシルちゃんは今お休み中だよ」
「だとしたら今アリアが魔族軍を統率しているのか? そんな訳ないよな」
「そうだよそんな訳ないよお兄ちゃん。アリアじゃあすぐ食べられて終わりだよ~」
そう言うわりにはのんきな物言いだけど。
「今はね……」
「ここからはワタクシが説明申し上げよう」
アリアの言葉を遮り空中に浮かび上がって進み出たのは真っ黒な服に身を包んだ紳士。これまた黒い外套を羽織りさらさらの黒髪を長く伸ばし、颯爽と現れる。
「お前か、ベルゼル」
俺はアリアの近くで宙に浮いている真っ黒紳士に問いかける。
「お久しゅうございます勇者ゼロ。魔王軍を束ねるに、魔を統べる王ルシル・ファー・エルフェウス様の忠実にして右腕を自負するこのワタクシ、ベルゼル・バルが恐れ多くも代わりを務めさせていただいております」
恭しくもあるが心の中では尊大な気持ちが隠しきれない、慇懃無礼な態度がベルゼルという男の本質を表している。
「人間どもの行き過ぎた振る舞いに正直怒りを抑えきれない者は多くおりましてね、国の一つや二つを灰燼に帰したとして到底収まる事ではありませんので」
「ムサボール王の首は取ったぞ。それでもまだ矛を収めないのか」
ベルゼルの口が耳まで裂ける。
「ハッハッハ、それしきの事で同胞の恨みは晴らせませんよ、ゼロ」
「ならどうしたい」
「先ずはゼロ、あなたの命から頂戴するといたしましょう。そうすれば三年前の雪辱を果たす事にもなりますからね」
「ほう、この五千の軍を俺に向けるというのか」
「いえいえそんな、五千程度ではあなたに汗をかかせる事もできずに終わるでしょう」
「判っているではないか。そうするとお前が相手してくれるとでも言うのか、ベルゼル」
ベルゼルが地上に降りる。動く骸骨の群れの中に紛れた時、スケルトンたちが左右に分かれて俺とアリアまでの道ができた。
「お力を見せていただくのはルシル様とその眷属たちでございますよ、ゼロ」
「ごめんね、お兄ちゃん」
すまなそうな顔を見せるアリアを見て、俺は呆れたような振りをしてみせた。