初檄で一蹴
ボンゲ公国の中央軍はガンゾ辺境伯領へ深く攻め入ってきている。
「もうじき見えてくるだろうな。遠くに土煙が見える」
俺とルシルはモンジャールの城から離れた所へ移動していた。土煙がボンゲ中央軍であればその進行途中に位置する訳だ。
「ゼロ、引き揚げてきた兵や民たちの話だと、略奪も酷いみたい」
「進駐して自国の領土とするなら作物はそのまま手に入れたいだろうが、行軍の土煙以外に黒い煙が立っているのはそう言う事か」
「通る村全部火をかけているって」
「一度焦土にして占領するつもりなのか。よく判らんな」
「でもそのお陰で攻めてくる速度が遅いのかも」
「確かにな」
焼かれた村々が足止めの役割を果たしてくれているのか。
だがそれは俺たちの望む事ではない。
「多少面作戦に出られたら俺たちも厳しい。反乱軍に差し向けられた軍がこちらに来るとなると、そうそう俺たちが城から離れるのもなあ」
「そうだね、城が落ちる前に駆けつけないとだから。でも、城から近いと大きなスキルは使えないしね」
「ああ。できれば一気に片付けたいからな」
「その方が楽でいいよ」
ルシルと軽口を交わしている内にボンゲ中央軍が見えてきた。
「さあ、お出ましだぞ」
「だね」
荒野で平坦な土地だ。横から見たところでどれだけの布陣を敷いているかは判らないが、横に広がる敵軍から正面に見えるだけでも数千はいそうだ。
「ゼロ、奥に部隊がいくつかいたら、数万はいてもおかしくないよ」
「旗指物からだと三軍くらいはいそうだな。前衛、本隊のいる中衛、そして後詰めの後衛か。一万から二万、多くても三万はいかないか」
「ちょっと横に広がっているのが難点だね」
「そうだなあ。討ち漏らすと面倒そうだ」
俺たちは敵軍のど真ん中に立ち塞がる。
「お、止まったぞ」
敵軍は動きを止め、一騎だけ騎士が俺たちに寄ってきた。
「なんだ、使者かと思えばそうではなさそうだな」
やる気のなさそうな騎士の言葉に俺もやる気なさげに返す。
「まあ交渉をしてもいいけどな」
「なんだと? その余地があるとでも思っているのか? 我がボンゲ公国で小規模な反乱があったと思えば、その裏で手を引いていたのはやはりガンゾの田舎者だったか!」
なんだか勝手な話になっているみたいだが、これは戦争だからな。相手の論理なんていうのははなから会話にならない。
「ガンゾ辺境伯は戦争自体もう止めたいと思っているらしいけどな。でも中央軍が出てきたって事は、戦争を終わらせるつもりはないんだろう?」
「もちろんだ! それが理解できたらとっとと城に戻って田舎領主にその事を報告するのだな!」
騎士は剣を抜き払って切っ先を俺に向ける。
「さもなくばお前の首を返答の印にしてもよいのだぞ!」
「なら交渉は決裂だ。戦端を開く」
「よく言った! お前が帰るまでは待っていていやる。せいぜい田舎領主に恐怖を植え付けてくるがいい!」
「それはどうも」
俺は肩をすくめて城の方へと向きを変えた。
「あれ? いいのゼロ」
ルシルも同じように敵軍へ背中を向ける。
俺の耳の奥で小さな痛みが発生した。敵感知が発動したという事は、俺に向けられた殺意があるという事。
「やっぱりや~めた! お前の首をさらして城の中に放り込んでやる!」
騎士は弓に持ち替えたのだろう。矢を引き絞る音がして、その後に弓から放たれる音。そして風を切る音が聞こえてきた。
「ゼロ、撃ってきたよ」
「ああ。Sランクスキル発動、剣撃波! 矢ごとその首、貰い受けるぞっ!」
俺は振り向きざまに剣を抜いて衝撃波を造り出す。
それは宙を飛ぶ矢の中央を割き、勢いそのままで騎士の首を刎ね飛ばしていた。
「ルシル!」
「いくよ! SSSランクスキル魔力伝注掌!」
ルシルが俺の背中に両手を当ててスキルを発動させると、ルシルの膨大な魔力が俺の中に注ぎ込まれてくる。
「うおぉぉ! SSSランクスキル発動! 聖魔解放!! 魔力よ超覚醒剣グラディエイトより伝わり爆発的に力を解放しろっ!」
俺の全身が激しく光り、ルシルの魔王としての力と俺の勇者としての力が合わさってその光が剣へと移っていく。
その光り輝く剣を地面に突き刺すと、地面が引き裂かれ大きな裂け目を作る。そしてその裂け目からは輝く魔力の光がほとばしっていく。
「いっけぇっ!」
魔力を爆発的に解放するこのスキルは、使い方によっては攻撃にも転化できる。
放射状に伸びた裂け目はそのままボンゲ中央軍の足下へと続き、更に奥へ奥へと突き進む。
「解・放っ!」
俺が剣に力を込めて地面へ深く突き刺すと、放たれた魔力が敵軍の中で爆発を起こす。
地面から雷が生まれたかのように轟音が響き渡り、あまりのすさまじさに敵兵の断末魔もかき消える程だった。
「ゼロ、お疲れ」
ルシルが俺の背中にもたれかかる。
集中していた俺はその感触で現実の世界に意識が戻ってきた。
「さてと、どうかな」
前方を見ると爆発した土煙が徐々に収まりつつある。地面は巨大な魔獣の爪で引き裂かれたような傷跡を残していた。
敵軍を見ると、裂け目に落ちる者、魔力の爆発で霧散した者、かろうじて生き残った少数の者といたが、生きていた者たちも生き残った事を後悔するくらいの深い傷を負っているようだ。
「簡単に言って、壊滅ってとこだな」
「そうだね」
ボンゲ中央軍は俺たちの一撃でこの世界から消え去った。