歴史の授業
綺麗に整えられている広間で食事を続ける。基本的には、荒野でも取れるナッツ類や乾燥に強い野菜と、水分の少ない気候でも水を蓄えられる種のブドウから作ったワインが食卓を彩っていた。
「まずは儂らの歴史をひもとくとな、はるか昔、伝説ともなるような大昔、この辺りはメイスチン王国という巨大な国があってな」
ガンゾ辺境伯モダンが今の状況という事で説明をしてくれる。
メイスチン王国の名前が出たところでルシルが反応した。
「あ、それ名前は聞いた事がある。でもそれって二千年くらい前の話じゃなかったかな。私も伝承でしか知らなかった」
「そうですじゃ。メイスチン王国はいにしえの巨大王国。巨大さゆえに地方自治を認め、国内にそれぞれ権力を渡しておったのが分裂の始まりじゃった」
「分裂?」
「王の親族や上級貴族、そして辺境を治める実力者をその地の統治者として送り、メイスチンの名を広めていったのじゃよ」
「そうか、中央の目が行き届かなくて自分に権力があれば」
「そうじゃ、面従腹背で好き勝手にやっている連中が増え、その内メイスチン王国は百もの国に分裂し、崩壊したのじゃ」
辺境伯は手を組んで真面目な顔で説明をする。
「なるほどな。今はもうメイスチン王国はなくなっているが、分裂した国々で残っている所がガンゾ辺境伯領とボンゲ公国という事か」
「そうじゃ。儂らのガンゾ辺境伯領は外敵や有害モンスターを王国の領土へ入れないために地方へ派遣された軍閥が根付いたもの。ボンゲ公国はメイスチン国王の弟が公爵となって築いた国じゃ。他の国はなんやかやでこの時代には残っておらんのじゃ」
「ほう、それでも何千年も前の国がこうして残っているっていうのもすごいな」
俺の素直な感想だが、他の皆もそこは同意してくれているみたいだ。
「それにな」
アカシャがワインを飲みながら情勢の補足をしてくれる。
「自分らガンゾは見ての通り世辞にも豊かな国とは言えん。肥沃な土地を持っているボンゲ公国の連中からすると国力としてもはるかに劣る」
「でも長い事戦争をしているのだろう? 外交なり交易なりで平和な付き合いができなかったのか」
「理由は判らん、昔の事でもあるし。だが、豊かな国力を背景に武力で攻めてきた時、自分らの先祖は自主独立の精神をもってそれにあらがった。それが戦争の始まりだったらしい」
「自主独立、かあ……辺境伯領の気質という事か」
アカシャも辺境伯もうなずく。変な奴にも見えるが、それでも自由と独立の精神は辺境の枯れた地で生きるには必要な物なのだろう。
「まあ確かに、国としての体裁を保ちつつ、戦がなくなればそれが一番いいのだろうな」
「当然じゃ。儂らも儂らの誇りがあるでな」
隷属して生きるをよしとしない、か。
俺たちが歴史の授業を受けている時だった。入り口付近のメイドたちが慌ただしく動く。
宴会の支度で大騒ぎしている、というような動きではなさそうだな。
「少々失礼するぞ」
辺境伯が俺たちに断りを入れる。メイドの一人が辺境伯になにか報告をしようとしていたからだ。
辺境伯はメイドが耳元で囁くたびに顔を赤くして身を震わせていたが、徐々に顔から血の気が引いてきた。
「どうしたんだ?」
「う、うむ……」
冷や汗だろうか、ハンカチで顔をぬぐう辺境伯。
「今入った報告ではな……」
口の中が乾いて言葉が旨く出てこないらしく、辺境伯は自分の所にあったワインをあおって飲み干す。
「反乱軍が、壊滅した」
それは俺も予想していなかった内容だった。