長きにわたる戦乱
城に入ったところで大きな正面玄関が俺たちを迎える。
「部屋に入る時には靴を脱いでくれ」
「お、判った」
ガンゾ辺境伯の領地では土足厳禁だったりするのだ。その習慣に倣って俺たちも靴を脱ぐ。
「この辺境の国は見た通り荒野が多くて砂っぽい土地だからな、他とは違う所もいろいろとあるだろう?」
アカシャが城の入り口で靴を脱いで、入り口の脇にある部屋へ靴を置く。
ここには城に招かれた客の靴が並んでいるのだろう。何足かもブーツなども置いてあった。
「召使いに渡してくれればあとはこちらで管理する」
「そうか、では頼む」
俺たちは履いていた靴を城の召使いに手渡すと、アカシャの後に続く。
部屋の中には絨毯が敷き詰められていて、素足で歩くとその感触が柔らかく気持ちいい。
「こちらだ」
楽しそうにスキップしながら前をいく辺境伯の後ろをアカシャが続く。二人に案内されて俺たちは広間に通された。
「まあこちらでゆっくりしてくれい!」
広間の中心には大きなダンスホールがあり、ダンスホールを挟むようにテーブルが並んでいて料理が載っている。
壁はどこも泥を固めた土壁だが、広間はカーテンとタペストリーで土壁が直接見えないように飾られていた。
「流石に城ともなると、すごいな」
「そうだね……」
俺もルシルも息を呑む。
もちろん豪華な城や屋敷はいろいろと見てきている。確かにそれと比べれば華やかさは数段劣るかもしれない。
「でもなあ……」
「だね」
ルシルも俺と同じような事を考えていたようだな。
それでもこの辺境の地にあって、掃除が行き届いていて建物もしっかりしている。
「金に飽かせて贅を尽くしている部屋よりもここの方が落ち着くな」
「私もそう思うよ。外と違って砂っぽくないし」
「確かにな。乾燥はしているが粉っぽさがないな」
アカシャは俺の正面のテーブルに座っている。辺境伯は俺から左側、領主用の席に座っていた。
俺たちは案内された場所の椅子に座って目の前に置かれていた銀のグラスを手にする。
「こちらを、どうぞ」
そのグラスにメイドがワインを注いだ。
「ああ、ありがとう」
俺は赤ワインを口に含む。
それをみてルシルも同じように口にした。
「あ、冷たい」
「でしょう?」
ルシルの驚きにアカシャが得意そうな顔で返す。まあ俺は温度変化無効のスキルがあるから熱いも冷たいも判らないんだがな。
「地下の貯蔵室は夏場でも冷たくてね、ワインはそこで醸造しているのだよ」
「へぇ。この荒野の中、冷たい飲み物なんてすごいね。あ、でもゼロには判らないんだっけか」
「そうなのか?」
ルシルとアカシャはワインをきっかけとして話に花を咲かせていた。
「それで」
俺は芳醇な香りを楽しみながら辺境伯を見る。
「いやあ助かったわい! 儂も長い事戦いを続けていおったからなあ、休戦とはいえ少しでも戦をしなくともよい日が送れるのは儂が領主となってからは初めてであったぞ!」
「そうなのか。それ程長く戦争を」
「そうなのじゃよ、先代、先々代から続く戦いであったからのう」
「戦争をそんなに長くやっていたとは……」
そうなると平和を知らない世代がずっと続いているという事か。
「できれば娘たち、そしてその子供たちの世代には、戦のない日々を送らせたいと思っておるのじゃ」
背丈は小さくてお調子者のように見えた辺境伯の顔が沈んだものになった。
「じゃからな、この休戦協定をできるだけ長くしたいのじゃよ」
休戦を本当に望んでいたのだろうな。
辺境伯のほっとした顔を見ると、もう戦いに倦んでいるのがありありと判った。