こんな所に辺境伯
アカシャの乗る馬に小さいおっさんがまたがっている。そのおっさんはアカシャにしがみついているから、アカシャが判らないはずもない。
「おいアカシャ!」
俺は併走するアカシャに注意をうながす。
「アカシャ、後ろ、後ろっ!」
「ほぇっ?」
アカシャはすっとんきょうな声を上げて後ろを振り向く。
馬に乗った状態で後ろを見るのだから、騎乗には慣れているというべきなのか。いや、今はそれどころではない。後ろのおっさんに気付いてもらわなければ!
「おっさんに背後を取られているぞっ!」
「ええっ!!」
今更気付くのも遅いが、アカシャは背後のおっさんを認識した。自分の腰に手を回されているのすら、今気付いたようだ。
「なっ!?」
「アカシャ振り払えるかっ!?」
「お、お父様!?」
「ふぁっ!?」
アカシャの言葉に耳を疑った。
「お、おとうさま……!?」
俺はおうむ返しに反応してしまう。
ちょっと待て、アカシャはガンゾ辺境伯の娘だろう? そうするとアカシャの父親というのは。
「ガンゾ辺境伯か!?」
アカシャの半分くらいの慎重で白髪の上に白い口ひげを蓄えていて、子供のようなくりくりっとした両目は無邪気に笑っているようにも見えた。
「そうとも~! 儂はガンゾ辺境伯、モダン・ガンゾであ~る!」
いやちょっと待て、なんだこのテンションは。
「愛しの愛娘よ、よくぞ無事に帰って帰郷~!」
「お父様、客人が困るでしょう。平易な言葉でお話しください」
「そうか! ならば普段の普通でしゃべろうかな!」
「それは普通ではありませんよお父様。緊張すると言葉がおかしくなるのですから、落ち着いて、すー、はー、すー、はー」
「すー、はー、すー、はー」
「はい、落ち着きましたねお父様」
「うむ、アカシャよ。儂は普通じゃぞ」
「はいはい、判っていますよ」
馬上で親子の問答が続く。いったい俺はなにを見ているのだろうか……。
「それでだ娘よ」
「なんですかお父様」
「首尾の程は如何に」
「はい、それは城に着きましたらすぐにでも。もう見えてきていますので」
「そうかそうか!」
アカシャもその父親も上機嫌で馬を操る。
前方には土で固められていて、四角い部屋の積み重なったような大きな建物が近づいてきた。
遠くからも建物自体は見えていたから気になっていたのだが。
「すごい大きな城だな……」
俺のつぶやきを聞いたのだろう。アカシャと辺境伯が嬉しそうに俺を見る。
「今日は久し振りの客人だ! 宴の支度をしようぞ!」
「お父様ったら、子供みたいにはしゃいじゃって」
「ぬふふ、そうか? そうだろうか」
親バカというか、バカ親というか、目尻を下げてだらしない顔で辺境伯は自分の娘を見ていた。
城が近づいてくる。鉄柵がはめられた門が徐々に開いて俺たちを迎えようとしている。
「よくぞ参ったな! ここが儂の城であるぞ! 遠慮せずに、さぁ、さぁ!」
俺たちは辺境伯からせかされるままに城門をくぐった。