訪れたほんの少しの平和
「へぇ……」
思わず声が漏れた。
久し振りに見る大きな街。ここがガンゾ辺境伯領の中央にして最大の街、モンジャールだ。
「おっきいねゼロ」
「そうだな。でも大きさに比べて活気がないというか……」
荒野の中に作られた城塞都市で、土を固めて作られた建物や城壁は立派だが、ところどころほころびも見えて手入れが行き届いているとは言えない状態だ。
「それにこの広さ、大きさのわりには人が少ないな」
俺たちは騎馬のまま城門をくぐり、街の大通りを進んでいく。
中央通りはそれなりに人通りはあるものの混み合っている様子はなく、脇に並んでいる商店も品揃えが悪く買い物客も少ない。
「街としては機能しているのだろうがな、全体的に暗い雰囲気だ」
「そうか、貴様らの目にもそう映るか……」
アカシャは少し残念そうに肩を落とす。
「気を悪くしたのなら謝ろう。だが戦時中の活況とは程遠い感じがしてな。負け戦を続けているのであればともかく、戦闘は互角だったのだろう?」
「ああ。だが戦乱も数十年と続けば、人々の心もすさんでくるというものだ」
「そうか……それは長いな」
「ああ。自分も平和な時代を経験しておらんでな。戦のない生活がどういうものか……」
そう考えるとアカシャたちも辛い人生を歩んできたのだろう。
「そうかあ。俺もそういった所じゃあ平和に過ごした時間なんて、それこそ数えるくらいの年数しか過ごしていなかったなあ」
俺は昔を思い出しながらしみじみと語る。
「ちょっとゼロ、それって私がいたから?」
「えっ? あ、ああ」
確かに俺が子供の頃なんて、魔王軍に国が攻められて大変な事になっていたからな。
その頃の魔王はルシルだった訳だが。
「ほほう」
アカシャが俺たちを覗き込んで変に得心したような顔をする。
「二人は仲がいいと思っていたが、貴様はこのお嬢さんといると平和に過ごせない、なんて思っているのか?」
「ちょっ、アカシャ! なに変な事を考えてんだ! そういう事じゃないっての!」
「ふふ~ん、そうなのかあ~」
なんか俺たちを見てニヤニヤしているぞこいつ。
「お嬢さんがよければ自分が平和な時間を提供してやってもいいのだぞ。これでも自分は辺境伯の娘だからな、この和平がなれば少しは暮らし向きもよくなろうというものだ!」
「おいおい、変な事を吹き込むなよ……って、ルシルもまんざらでもなさそうな顔をするなよ!」
俺に言われて小さく舌を出すルシル。
「まあいいじゃないゼロ、ボンゲ公国が攻めてこないっていうなら少しはガンゾも平和でいられるんでしょう。ちょっと逗留してもいいかもしれないよ?」
「おいおいお嬢さん、それだとあの男は心の平穏が訪れないと言っているんだぞ?」
アカシャがルシルの言葉に被せてくる。
「いやいや、誰もそんな事言ってないから! ルシルと一緒にいて平和だから!」
「ふふ~ん、そうなのかあ~」
またしてもニヤニヤしているアカシャ。
「ん?」
そのアカシャの背中に小さいおっさんがひっついて馬にまたがっていた。
「おいアカシャ! そのおっさん!」
今まで与太話をしていたが周りには常に気にかけていたのだ。
だがその俺ですら、おっさんの存在に気が付かなかった。
「アカシャ!」
「なんだ貴様急に。お嬢さんとの仲を自分が裂くとでも思ったか?」
「そうじゃない! お前の後ろにくっついているちっさいおっさんがいるぞ!」
「えっ!?」
アカシャが後ろを振り向く。アカシャと小さいおっさんの目が合う。
「よっ」
おっさんは陽気に片手を上げて俺たちに挨拶をした。