辺境伯領の更に辺境
今一度俺たちはガンゾ辺境伯軍の前線基地にある、広めの天幕に集まる。アカシャの高級士官用天幕では男子禁制らしいし、それだとガンゾ軍の指揮官たちが入れないみたいだからな。
「まあ、そういう事でボンゲ公国軍は追い払った訳だが、前から小競り合いはこんな感じで続けられていたのか?」
会議に招集された連中に俺が問いかける。
大きな天幕に椅子が丸く配置され、そこにお偉いさんたちが座っているのだ。俺とルシル、アカシャの他にも基地の司令、防衛隊の隊長、偵察部隊の隊長などがこの会議に参加している。
「そうだ。今回のはボンゲの中央軍、しかも二千もの軍勢というのはここ数年なかったがな」
「確かに昔の大戦争ならいざ知らず、今は国境付近の小競り合い、せいぜい数十人程度の戦いや偵察時の遭遇戦が多かったからな」
ヒゲの基地司令や片目に眼帯をしている防衛隊長など、一癖も二癖もあるような連中が俺に説明をしてくれた。
「だからこの規模の襲撃は久し振りだったと?」
「ああ、我らがまだ少年兵だった頃には大規模な戦闘は何度もあったがな、最近は全くだ」
「そうなのか。確かに数十年も戦っていたら局地戦が増えるのも判る気がするが……」
「それにな」
基地司令はヒゲをしごきながら俺を横目で見る。
「この辺りは土地も痩せていて巨大ミミズみたいな厄介な怪物も多い。領土拡大を目指すというよりは我らガンゾ辺境伯領も奴らボンゲ公国も、相手から作物の取れる土地を奪って自分のものとしたいというだけの話だよ」
「ふうん。でも、なんだか他人事みたいな言い方だな」
「そうかもしれん。我らはガンゾ辺境伯配下ではあるが元々は辺境の豪族だからな。今は力で押さえつけられているが、先に組み込まれたのがガンゾだというだけであって、別にそれがボンゲだったら我らはボンゲに付かざるを得なかっただろうよ」
「そうか……」
俺はアカシャの様子をうかがう。アカシャはガンゾ辺境伯の娘だからな。その支配者の娘を目の前にして現場の基地司令が忠誠心の欠片もない発言をしているのだ。
「大丈夫か、アカシャ」
「ん、なにがだい?」
一応気になったのでアカシャの反応を見てみるが、別段気にした様子もなく平然としていた。
「あ、ああ。基地司令の言っていた事か」
アカシャは長い金髪を手でかき上げて首を振る。天幕の隙間から入る日の光に当たってその金髪が光っているように見えた。
「この地方が元々小国や豪族の乱立するものだったのでな、それが離合集散しただけの事。裏切りというよりは自主独立の精神が強いお国柄と言えるだろう」
「そうなのか? まあそれなら別に構わんが」
「まあな。そうして集まって、いにしえの王から辺境伯の地位を得たのが自分たちの領土、ガンゾ辺境伯領なのだよ」
「ほう。いにしえの王ねえ」
「ああ。そしていにしえの王が治める国が、兄弟や子供に領土を分けて統治させていて、その一国がボンゲ公国だ。他の国は大昔にいろいろあって吸収されたり滅ぼされたりしたらしい」
この辺りの国々はそうやってガンゾとボンゲに集約されていったのだろうな。
「なるほどな。それで今回はボンゲ公国内で骨肉の争いが起きているという訳か」
「その通りだ」
アカシャは密書の内容を基地司令たちにも伝え、ボンゲ公国も一枚岩ではない事、公弟を旗頭にしてガンゾ辺境伯領と休戦協定を結ぼうとしている事を説明した。
確かによくある話なのだろう。基地司令たちは特に驚く様子もなく、アカシャの話に理解を示している。
「それでは先日計画した予定通り、この前線基地は偵察部隊と補給路を確保し、民間人は引き揚げる事とする。痩せた土地で適地とも近い事もあるからな、開発には不向きであると判断した」
アカシャは椅子から立ち上がって周りの連中に宣言をした。
お偉いさんたちも一応は満場一致でその方針に従う。
「よし!」
基地司令のおっさんはヒゲに触りながら立ち上がり、ぎょろっとした目で周りの連中を見る。
「これから忙しくなるぞ! 撤収準備だ!」
「おう!」
天幕の中が活気づく。
「さてと、俺たちはどうしようかな」
俺はルシルと視線を交わし、これからの事を考えていた。