お風呂の残り湯
「ゼロ~」
俺がガンゾ軍の前線基地に戻ってくると、ルシルが駆け寄ってきて抱きついた。俺はそっと頭をなでなでしてやる。
「内容は戻る時に思念伝達で伝えた通りだが、そっちは大丈夫だったか?」
「うん」
ルシルは特に問題らしい問題はなかったらしい。ボンゲ公国軍の連中が何人か押し寄せてきたようだが、統制の取れていない散発的な攻撃だったため、守備兵だけで対処できたとか。
「そうか。ボンゲ軍は指揮する者がいなくなった烏合の衆だからな。それはそうと、アカシャ」
俺は金髪の女性士官に話しかける。
「ふぁっ!?」
アカシャは急に声をかけられたからか変な反応をした。
驚かせてしまった訳でもないと思うが、どうもこいつは態度というか受け答えのおかしい時がある。
「ん?」
そういう時はだいたい俺とルシルがいる時……。
「ま、まさか……」
俺は一歩下がって考えてみる。
「ねえアカシャさん」
「にゃ、にゃんだなお嬢さん!」
ルシルは戦闘の事など気にする様子もなく、アカシャと話していた。
アカシャは俺と一緒にボンゲ軍と対峙していた時とは違う反応を示す。
「さっきお風呂使わせてもらったよ。やっぱり湯船につかるっていいね~」
「ぼひょっ!? そ、そ、そ、そうであろう!? あれは疲れが溶けていくみたいにな、うむ、風呂はいい! 風呂はいいものだ!」
う~ん、そういう事か。
どうもアカシャはルシルと話をするというか、ルシルと一緒にいると反応がおかしくなるみたいだ。
「そ、そうしたら、自分も汗をかいたからなあ、ふ、ふ、風呂に入ろうかなぁ!」
わざわざ大声で宣言しなくてもアカシャは自分用の天幕を持っているんだから好きにすればいいのに。
「うん、そうしたらいいと思うよ」
「そうか! そうだよなあ! ではお嬢さんも一緒に入ろうか!?」
「え、私は今出たばかりだから。でもまだお湯も温かいと思うよ」
「そうか~! それは残念だが嬉しいぞ!」
アカシャは身に付けていた装備を脱いでほとんど下着だけの姿になりながら天幕へ入っていった。
そして天幕の中から叫び声が聞こえてくる。
「うほ~っ! これがっ! 若さの泉っ!! 若い女人のダシだぁっ!」
「ちょ、アカシャ様、お声が……」
アカシャの他にも女性の声がした。あの声は確かコーノミヤとかいう女性下士官だったかな。
お付きの女官みたいな事もするのか、いや、身の回りの世話をする者としてアカシャの側にいるのかもしれない。一応辺境伯の娘で高級士官だからな、アカシャは。
「うひゃ~っ! んっぐ、んっぐ、んっぐ……ぶはぁ~っ!」
いったい中でなにが行われているのだ。それこそ一人宴会かなにかか?
「ルシル」
俺はきょとんとしているルシルを見て少し不安になる。
「なに?」
「アカシャから風呂を借りるのは当面やめた方がよさそうだぞ」
「そうなの?」
うん、これはやめておいた方がいい。
俺は確信にも似たなにかが心の中で大きくなっていくのを感じた。