蜘蛛の子を散らす
指揮官を失った集団は脆い。俺が爆散させた騎士は前線の指揮を任されていたのだろう。周囲の兵士たちがあからさまに動揺している。
だが、全軍の指揮はあの騎士が執っている訳ではなかったようで、後方の部隊は混乱していない。
「あの様子を見ても部隊をまとめる者がいる所はそれ程混乱しないみたいだな」
それでも爆発は離れた所からも見えただろうし、逃げ惑う前線の兵士たちの混乱が後衛の部隊に波及していく事で、二千人の軍隊がだんだんと騒がしくなってくる。
「こうなればもう一押しするか。この状態でも一番落ち着いていそうな所を狙えば……」
俺はボンゲ軍の中でも混乱が少ない位置を探ってみた。どうやら前方、軍の中央付近か。
そこにはひときわ大きい旗がたなびいている。多分あれだろう。この二千人の軍団を統括する人物なり司令部なりがありそうだ。
「アカシャ、ちょっと危ないかもしれないから俺の手を放すなよ」
俺は剣を抜き、左手でアカシャの右手を握って走る。アカシャは特に拒否するでもなく俺が引っ張るままに走り出す。
「円の聖櫃はひとまず解除する! 敵軍の攻撃は跳ね返せないからな、気をつけろ!」
そう言いながらも気をつけたところで敵の攻撃が無力化できる訳でもないし、俺も無茶な事を言っていると思った。
だが、敵兵を近寄らせなければいい。混乱している部隊であれば俺たちに向かって攻撃を仕掛けてくる奴もいないからな。
「さあ道を空けろっ! Sランクスキル発動、剣撃波! 近寄れば衝撃波の餌食となるぞっ!」
俺が右手に握った剣を振るうと、そこから透明な衝撃波がボンゲ軍の兵士を襲う。
悲鳴を上げて倒れる奴もいれば、その様子を見て慌てて逃げようとする奴も現れる。
「ええい不甲斐ないっ!」
俺の影響力が及ばない部隊だろうか。威勢のいい声が聞こえた。
「相手はたかが二人ではないかっ! 槍隊、構えっ!!」
少し広い場所に出たと思ったら、前方に数十人規模の槍衾が見えてくる。
「敵は突撃をかけてくる! 槍の壁を作って串刺しにしてやれいっ!」
槍隊の裏には指揮をしている騎士がいる。なるほど、隊長クラスは騎馬に乗っているのかもしれないな。
「ようし、槍隊、構えて踏ん張れっ!」
長槍の絵の部分を足の土踏まずで押さえている。こうすることで手だけで持つよりも槍を安定して相手に突き刺す事ができるのだろう。
だが俺には意味ないけどな。
「続けて発動、剣撃波! 槍ごと叩き割ってしまえっ!!」
俺の放った衝撃波は前方の槍兵たちをなぎ倒して、その後ろで指揮をしていた騎士も真っ二つにしてしまった。
「それと、あの見えている旗印……そこへ向かってSSランクスキル発動、豪炎の爆撃! 爆発して指揮官ごと焼き尽くしてしまえっ!」
俺は魔力を強めて爆撃を放つ。さっき騎士を爆散させた時よりも多くの魔力をつぎ込んだからな、爆発の威力も桁違いになる。
空気が集まって圧力が加わり、その後巨大な爆発と火球が発生した。
旗指物のあった場所を中心として、ボンゲ軍が焼けて砕け散る。
「うわぁっ!」
「なっ、なんだこいつっ!」
「隊長が……本陣が壊滅だっ!!」
残ったボンゲ軍の兵士たちは既に統率の取れた動きはできていない。指揮命令系統が崩壊し、おのおの好き勝手に動いているだけだ。
その様子を見てアカシャが俺に顔を寄せて話しかける。
「貴様、どれだけの力を持っているんだ……。あのボンゲ軍が貴様一人に……」
「できれば面倒事は避けたかったんだがな。押し寄せてくるのであれば仕方がない」
俺はこの状態でも俺たちを狙ってくる連中を剣で斬り払っていく。
「公弟とお前、アカシャとをつなげるとなると、ボンゲ公爵軍は敵になるのだろう?」
「まあ、そういう事にはなるが。成り行きとはいえ、こうも簡単に撃退できるとは思わなかったぞ」
「そう言えば、交渉役としてお前を連れてきちまったが、俺がボンゲ側に付いたらどうするつもりだったんだ?」
「それはだな……」
アカシャは俺につかまれている手を見る。
「あ、もういいか」
俺はそれに気付いてアカシャの手を放す。今までずっと握っていたのを忘れていた。
アカシャは胸元から小さな笛を取り出すと、それを空に向けて思いっきり吹く。笛の甲高い音が戦場に流れる。
「おおっ!」
少し俺は驚いてしまった。
地面が盛り上がってそこからガンゾ軍の兵士たちが飛び出してきたからだ。
「この辺りは地下道を掘っていてね。兵が行き来できるのだよ。そして自分が合図を出せば……」
地面から湧いてきたかのような現れ方をしたガンゾ辺境伯の軍が、混乱の極みにあるボンゲ軍の兵を追い立て、掃討戦を繰り広げ始めた。
「なるほど、なにかあっても自分たちで対処できた、という事か」
「ああ」
アカシャは自慢気な顔を俺に向ける。
これなら後はガンゾ軍に任せてもいいだろうな。それにルシルから思念伝達で連絡があるかもしれない。その時にいろいろと伝えておこう。
そう思った俺は、ルシルの待つ前線基地へと戻った。