中央の連中が砕けた物
アカシャがボンゲ公国の紋章を見る。その考えを肯定するように俺が口を開く。
「密書の紋章は公弟の物だな。そしてこの軍が掲げている紋章は……」
俺と同じようにアカシャも旗指物に目を向け、俺の言葉につなげる。
「ああ。貴様の言う通りだ。あれはボンゲ公爵その人の紋章。この軍はボンゲ公国の正規軍だ」
アカシャの言葉を受けて目の前の騎士が馬上から俺たちをさげすむように見ていた。
「そうだ、我らは栄えあるボンゲ公国軍である! その眼前にガンゾの高級士官が現れたのだ! これを天の導きとして受け取らねばそれこそ神に対して失礼だろう!!」
まずい。正直言ってまずすぎる。
こいつらは名乗っている通りボンゲ公国軍だろう。ボンゲ公爵の直属、中央の軍隊だ。
「ふぅ……」
俺は頭を整理するために小さく、だが深く呼吸をする。
俺が持ってきたのは公弟、公爵の弟の紋章が記されている密書。その中身は、ドブリシャスたち反乱軍が敵対しているガンゾ辺境伯軍との休戦協定を結ぶ目的で交渉をしている内容だ。
とすると、こいつらはドブリシャスたち反乱軍が倒そうとしているボンゲ公国の軍。
ガンゾ辺境伯軍と真っ向から戦っている軍だ。
「アカシャ」
俺はアカシャを俺の背後に移させる。
目の前にいるボンゲ公国軍に、ガンゾ辺境伯の娘であるアカシャを渡す訳にはいかない。
ましては死なせてはならないのだ。
「ほほう、我らがボンゲ公国軍と知って、それでも勇敢な戦士君は女性士官を守って我らに立ち向かおうというのかな?」
騎士があざけるように大笑いすると、背後に整列していたボンゲ公国軍の連中も笑い始める。
「わーっはっはっは! 身の程知らずが!」
「とっととどかねえと命はねえぞ!」
「女をよこしなっ! そうしたら慰み者になっている所を拝ませてやるぜっ!」
兵士たちから笑い声と共に汚い言葉が投げつけられた。
「判った判った」
俺は両手を開いて騎士に向ける。剣を抜かずに手のひらをさらすんだ。攻撃の意図はないと理解してくれれば助かるんだが。
「お、降参するか? だが遅かったなあ。我らの楽しみとしてお前の命は貰い受けるぞっ!」
騎士の操る馬が棹立ちになり、前脚を下ろす動きに合わせて騎士の長槍が俺に向かってくる。
「死ねぇっ!」
繰り出される長槍の穂先。
「だから判ったって言っているだろうが」
俺は近づいてくる槍の先に向けて真っ直ぐに手のひらを差し出す。
「SSSランクスキル発動! 円の聖櫃っ! 完全物理防御の膜よ、全ての攻撃を遮断しろっ!」
俺の手から虹色のような透き通った膜が現れて俺とアカシャを包む球体となる。
その壁に触れた長槍はほんの薄い膜も突き破れず、球体の外で木っ端微塵に砕け散った。
「なっ!? なんだこの光の膜はっ!!」
騎士は驚きつつも馬上で剣を抜く。
「ええい、おかしな技を使う妖術師めっ! 者共、こやつをたたっ斬れぇ!」
「おぉーっ!!」
ボンゲ軍が雄叫びを上げて俺たちに突っ込んでくる。
だが俺たちを守っているのはSSSランクで勇者系最強の完全物理防御スキルだ。
どんな武器もこの膜を通る事はない。俺の魔力供給が絶たれるか、魔力を帯びた攻撃でなければ、だ。
「きええっ!」
「どりゃあぁ!」
兵士たちは奇声を上げて襲いかかってくるが、誰一人円の聖櫃を突破できずに弾かれてしまう。
「なっ、武器が効かない……」
「矢だ! 矢を射かけろっ!」
後方から弓隊が現れて俺たちに狙いをつける。
「放てぇっ!!」
騎士の掛け声で一斉に矢が放たれた。たいして距離のない所での攻撃だから直接俺を狙っているが、その矢も全て魔力の膜に触れた瞬間、粉々になって砕け散る。
「ば、化け物めぇっ!」
「こいつにはなにも効かないのか……」
ボンゲ軍に、未知なる物への恐怖が波のように伝わって行った。