その軍は敵か味方か
俺とガンゾ辺境伯の娘アカシャの二人で前線基地の門を通る。基地は柵で囲われているが軍隊から守る事を想定した作りではなく、獣除け程度の単純な柵だ。
だがその柵を越えれば、ボンゲ公国の軍隊とはなにも遮る物がない。
「ん?」
俺が横目で見ると、アカシャの肩がこわばっているように見える。
「どうした、怖いのか?」
「そ、そそ……そんな事はっ、な、ないっ!」
辺境伯の娘で高級士官。前線ですら今回が初めてらしいからな、敵軍の殺意をまともに受ける今の状況だと身もすくむのは無理がないか。
「まあ心配するなよ。ボンゲ公国の連中がどう考えているのかは判らないが、俺は休戦協定を結ぶために来たんだ。俺に依頼したボンゲの連中からはあんたの事を絶対に守ってガンゾの伯爵にきちんと話を持っていってもらう必要があるって聞いているからな」
「だだ、だったら、なぜ自分をこんな所に、こんな役に……」
「う~ん」
俺としてはこの女性が肝の据わった女傑かどうかを見極めたかった。
密書を渡したとして、それがボンゲのドブリシャスたちが思っているように事が運ぶか、この娘にかかっているんだ。
「攻撃してくるかどうかはさておき、あの軍隊と真っ向から対峙できたらすごいと思うよ」
「な、なにがだっ……」
アカシャの足取りが重くなる。前方に見えるボンゲ軍からは苛立ちの足踏みも聞こえ始めた。
「まあこの辺りでいいだろう。おいっ!」
俺はボンゲ軍に呼びかける。これで相手の反応を確認するためだ。そのボンゲ軍から一騎の騎士が出てきた。重装鎧を着込んで右手には長槍を持っている。胸のプレートアーマーにはその騎士の紋章らしき物が彫られていた。
「使者の旗を掲げていないのに二人だけで軍の前に来るとは、貴様ら殺されても文句は言えんぞ」
落ち着いた低い声だが、敵意をはらんだ熱を持っている。
「そう言うなよ。俺はあんたらボンゲのドブリシャス、いや、公弟マイアミーから依頼されてここに来たんだ。俺たちに敵意はない。どうしてこうなったのかを知りたい」
「そうか。その隣の女はなんだ。見たところ高貴な衣装を身にまとっているようだが」
確かに騎士が言うように、アカシャは赤地の映える軍服を着ていて、肩と左胸には勲章がいくつも縫い付けられている。
胸元は大きく開いていて、着崩しているというよりはボタンが弾け飛びそうなくらいにその膨らみを強調していた。
「名を尋ねる時はまず己から名乗られよ。それくらいは騎士の基礎だろうに」
「なっ!」
アカシャが威勢よく騎士をたしなめる。騎士は顔を赤くしてにらむがそこに俺が割って入った。
「まあ待てって。偽りでなければこいつは高級士官で辺境伯にも話ができる身分だ。公的に約定を取り付けるいい機会だぞ」
「ほ、ほう……」
騎士は俺が口を挟む事で少しは冷静さを取り戻したようだ。
それにしてもアカシャはまだ足が震えているというのに、気丈に振る舞っていた。
「いいだろう、それであれば我が軍へ投降していただこう。そうすれば我が軍の優勢は更に増し、ガンゾの力を削ぐ事ができる!」
騎士は長槍を振り回したかと思うとアカシャに向けてその切っ先を向ける。
「こいつら……」
俺はこの軍の旗指物を見る。青地に紋章が描かれていて、風にたなびいていた。
「んー。ちょっと悪いな」
「なっ!」
俺はアカシャの開いた胸元に手を突っ込む。
「ひゃっ!? にゃ、にゃにを~!」
そのまま手探りで服と身体の間を探る。
「こ、こりゃぁ~っ!!」
「お」
俺は目当ての物を見つけてアカシャの胸元から手を引っこ抜く。
「ぷにゃんっ!」
「やはりな」
俺が取り出したのは俺が持ってきた密書。そこにはボンゲ公国の紋章が描かれている。
だが少し模様が違う。目の前の軍が掲げている物とは少しだけ。
「この密書にある紋章には盾の絵に斜めの線が入っているが、この軍の旗指物にはその斜め線が入っていない。他は同じ図柄なのだが……」
「にゃ、なんだって!」
アカシャは胸を押さえながら顔を真っ赤にしてうずくまっていたが、俺の言葉に思い当たる節があったのだろう。
俺の持っている密書を覗き込むと、俺と同じように旗指物と見比べる。
「おい、この紋章……」
アカシャの顔にはさっきの恥じらいとは別の汗が流れていた。