同行者の選定
この小さい前線基地に近づいているのがボンゲ公国の軍隊。それが土煙を上げて迫ってきている。
「掲げている紋章はボンゲ公国の物。そして鎧の……武器の音もか」
アカシャは拠点の柵の更に向こうで展開されている様子を見て分析をした。
「千……二千はいるかな……」
長い金髪を手ですいて風になびかせる。
「どうやら相手は戦う準備ができているようだが、さっき渡した密書は休戦協定の物じゃなかったのか? これだけの軍が押し寄せてくる状況で、休戦もなにも無いと思うが」
「おい貴様っ!」
アカシャが俺を横目でにらむ。
「なんだよ」
「貴様の言う通り、さっきの書簡には休戦の申し入れが書かれていた。それも公弟の署名が入った物がな」
「公弟……あの子供のか」
きっと反乱軍に書かされたんだろうな、あの公弟も。
既に政治利用されちゃっているって事か。
「自分はあの書簡を受け取るためにこの地まで来たのだが、どうやらそれ自体が罠だったようだな」
「どういう事だ?」
「なんだ知らなかったのか。自分はガンゾ辺境伯の娘、アカシャ・ガンゾなるぞ」
「ほう」
ガンゾ辺境伯の娘か。中央からの使者と言っていたが……。
「公弟の書簡を受け取るために辺境伯は娘を取りに行かせたという事か……」
「ねえゼロ、でもさ、手紙は休戦の事を書いていたんでしょう?」
「らしいな。だが同じ時期にこの侵攻」
できすぎている。
この機会を狙っていたとしか思えない。
「このまま攻めてこられても困るからな、俺が軍を指揮している奴に話をしてこよう。休戦はボンゲ公国から申し出た物だ。それなのに軍隊を送るなど、なにを考えているのか」
「鬼気迫るというか、殺気に満ちている感じはするよね。これだと平和の交渉に来たようには見えないから」
ルシルの言う通り、ボンゲ公国の兵たちは殺気立っていて、今にも飛びかかってきそうな雰囲気だ。
その軍隊が歩みを止める。
更新の音は聞こえなくなり、もうもうと立ち上る土煙だけが空に舞っていた。
「おい貴様、交渉に行くと言いながら敵軍へ逃げ帰ろうと言うのではないだろうな!?」
「あ、そうか。ゼロがボンゲ公国の連中と話をしようとしたら、ガンゾ辺境伯軍としては使者が逃げただけって事になるよね」
アカシャの言葉にルシルが補足を入れてくれる。
「このお嬢さんが自分らと共にいるというのであれば、貴様が交渉に行ってもよいのだぞ?」
アカシャはルシルの黒髪に触れようと手を伸ばすが、ルシルは俺の後ろに回り込んでその手から退避した。
「う~ん、それだとどうも心配だなあ」
「そうか? だが二人とも手放す訳にもいかんぞ。どうするつもりかね」
「どうすると言われてもなあ……」
俺の後ろに隠れているルシルを見る。やっぱり少しアカシャの事を怖がっているというか、気持ち悪がっているという感じがするな。
「よし、そういう事ならアカシャ、あんたが俺と一緒に来てくれ」
「なんだと!? 自分が行けば捕虜にされるではないかっ!! 馬鹿も休み休み言えっ!」
「そこは安心して欲しい。俺の名誉にかけて、あんたは俺が守る」
「そんな口約束、なんの役にもたたんわ!」
「ルシルはここに置いていく。そこの下士官に見てもらえばいいだろう」
俺はルシルが人質になってもらう事は仕方が無いかなとは思うが、その見張りをこのアカシャではなく、下士官のコーノミヤに任せようと思った。
ルシルは単独でも逃げ出せる能力はあるし、なにかあっても思念伝達で連絡は取れるからあまり心配はしていない。
「どうだろうか、一緒に行くか?」
俺はアカシャに問いかけて反応を見る。
アカシャは少し悩んだ風だったが、小さく何回か首を縦に振った。
「判った判った、いいだろう。自分も共に交渉へとおもむこうか」
「そうか、それはよかった。ではルシル、少し待っていてくれないか」
俺はルシルの肩に手を置き、目配せをする。
「いいわ、頼んだわよ」
「ああ任せとけ」
ルシルは俺の背中を力一杯叩いて送り出してくれた。