密書の中身
俺たちはアカシャの天幕に案内される。以前、ルシルが風呂を借りたあの天幕だ。なんとなく天幕の中は湿気が多い気がした。
「前線基地だからな、大した設備はないが……まあ座りたまえ」
アカシャは長い金髪をなびかせながら豪華な椅子に座る。
俺たち用にと、女性下士官のコーノミヤが木の椅子を持ってきてくれた。
「この天幕は女性にしか立ち入る事はさせていないのでな、この前線部隊でもこの天幕に入れるのは自分とコーノミヤだけだ。安心していい」
「まあ、俺は入っているけどな」
「この前と同じ扱いだ。下男として見ておるから問題はない」
「ああそうですか」
俺は少しイラッとした。自然と足を組んでしまう。
「ゼロ、あれを」
「あ、ああ。そうだったな。それが目的だったな」
ルシルにうながされて俺は懐に入れていた密書を取り出す。一応は雨に濡れたりしても大丈夫なように油紙で包んでいたのだが、まあ杞憂だったな。
「これを預かってきた」
俺は下士官のコーノミヤに密書を渡す。コーノミヤは油紙を開き、中に入っている書類をアカシャに手渡した。
「内々にその時が来たら連絡すると言っていたが、これか」
「そうなのか? だったら俺が持ってくる必要も無かったんじゃないかな」
「いやいや、そうではない。連絡があると見越して自分が前線に出てきたのでな」
「ほう」
そう言えば前にここを使わせてもらった時、この天幕は上級士官用で今まで使われた事がなかったと聞いていたな。
という事は、アカシャが来たのは初めて。
「このために?」
「そうだ」
即答だった。
ガンゾの内部ではどうなのかは判らないが、アカシャがこの前線に来ている事自体が特別な事なのか。
「これで自分らも次の手が打てるというものだ」
「内容については読んだ訳ではないので判らんが、この密書をあんたに渡せばガンゾ辺境伯軍とボンゲ公国軍の小競り合いは一旦止めるという事でいいのかな?」
「ふむ……」
アカシャは密書の中を読み、なにか考えを巡らせていたようだが、俺の顔を見て納得したような表情を見せた。
「いいだろう。休戦協定を認める。自分が責任を持ってそう働きかけよう」
「そうか、それはまあ」
俺としてはどうなってもいいのだが、一応は頼まれた事を果たせたのだからな。問題は無い。
「そうなると一旦は自分らの拠点も引き揚げる事になろうかな」
「ほう、前線は撤収するのか?」
「見張りは置いておくがな、兵たちをいつまでも抱えておく訳にもいかん」
まあ、この地を永続した拠点とするために土地を開墾したりもすれば話も違ってくるのだろうが、あまりにも敵勢力との距離が近い場所では、一般市民に定住させる事も難しいだろうからな。
「なるほど、兵を置くにも費用がかかるからな」
「ほう、貴様も判っているではないか」
「まあな」
「ではどうだ、撤収前に貴様ら風呂を使うか? 特にそこなお嬢さん」
なんだ、いきなり風呂とか。
少し休むとかなら判らなくもないが、だが別に今はそう汚れている訳でもないし。それにお嬢さんって、ルシルの事か?
「そこなお嬢さん、そなただけでも風呂に入らぬか? うふっ、うふふ……」
「えっ、私?」
アカシャは椅子に座りながら前のめりになってルシルの顔を覗き込む。
前屈みになっているから、アカシャの金髪の隙間から胸の谷間がよく見える。
天井から垂らしている布で仕切られてはいるが、その向こうには風呂桶があって、どうやら中には湯が張られているみたいだった。この天幕に入った時に感じた湿度の高さは多分奥の風呂だな。
「どうかな? なんであれば自分と一緒に……」
アカシャがニヤニヤした顔をルシルに近付けてくる。
「ん?」
少し天幕の外が騒がしいか?
「コーノミヤ、外の兵に確認を」
「はい、アカシャ様」
コーノミヤが天幕を少し開けて外に顔を出す。
そこから騒がしい音が聞こえてきた。
「敵襲! 敵襲!!」
耳に入ってきたのは、この前線基地が攻撃されている事を知らせる叫び声。
俺たちは立ち上がって天幕の外に出る。
「結構な数の部隊が近づいてきているな……」
アカシャが様子を見て小さくつぶやく。
土煙を上げながら近寄ってくる集団の旗印は、ボンゲ公国の物だった。