再接触の女性士官
俺とルシルは密書を携え、ボンゲの拠点となっている村を出発した。
ボンゲ公国の前線からそう遠くない場所にガンゾ辺境伯の領地があり、歩いて一日もたたないくらいでガンゾの拠点が見えてくる。ガンゾ側でも拠点となる所は柵や天幕が設置されているものの、しっかりした住居のような建物がない様子から見ると、まだ設営してからそれ程日数が経っていないようだ。
まさに前線基地という感じだな。
「着いたな」
「うん。物見から監視されているね」
「一応拠点だからな、人の動きくらいは見ているだろうさ」
出て行った時は気にしていなかったが、柵のところどころには物見櫓も建てられていて、近づく人間はそこで検知できるのだろう。
少し柵の向こうが慌ただしく動いているようにも見える。
「前は怒って出て行っちゃったからね」
「そうだな。その女性士官に話をしなくちゃならないっていうのは、ちょっとな」
ルシルはチラチラとこちらを見た。
「気まずい?」
「そういう訳でもないが一応使者でもあるからな、手荒な歓迎にならなければいいが」
「そうだねえ」
そうは言ってみたものの、物陰もないから俺たちが拠点に近づいている事は補足されているはず。
「戦意剥き出しだと、相手も警戒するよな?」
「それどころかゼロ自体が警戒される大元でしょ」
ルシルの言うように、木の柵でできた門が開いて中から数人の兵士が出てくる。
「よく戻ってこれたものだな!」
長槍を右手に持って大音声で話しかけるのは、俺が会って渡さなきゃならなくて会いたくはない奴だ。
「ちと用があってな。それでもなければ来るつもりな無かったんだが」
「なにおぅ! 貴様が来なければ自分が追って見つけていたわっ!」
威勢がいいなあ、あの女性士官は。
長い金髪をなびかせて今にも俺に槍を突き刺さんばかりの勢いだ。
「まあ待て。今日はちょっとお前に持ってきた物があってな」
「ひゃうっ!? じ、自分にかっ! い、いったいなんのつもりだっ!!」
なんのつもりと言われてもなあ。
「こんな所で言うのもなんだが、内緒にしておきたいものなんでな」
「ひゃぁぅ、な、内緒……だとっ」
女性高級士官であるアカシャは、今回の密書を渡す相手としてドブリシャスからご指名の奴だ。
なんか胸の辺りをぎゅっとつかんで顔を赤くして俺をにらんでいるが。
「騒ぎになってもなんなんでな、ここは人払いを頼む」
こんな状態で人払いもなんだが、目的とする人が出てきからな。これの方が話は早い。
密書に書かれているものがなにかは知らないし、それがこいつにどんな影響があって、なにを聞いてくればいいかなんて指示されていないし。
「ひっ、人払いとは……自分に、よ、よ、用があると、そう言うのだなっ!」
「ああそうだよ。こっちは早く済ませたいんだ、ここでまずければどこかで話をしてもいいぞ。前に使わせてもらった天幕ならお前専用のだろ? それでもいいぞ」
「ななな。にゃんだとぉ~! 自分の天幕に……」
「そこなら俺とお前で話ができると思ったんだがな、どうだ?」
「ふにゃぁっ!」
アカシャは頭をのけぞらせてふらついた。どうにか長槍を杖代わりにして転ぶ事はなかったが、どうもこいつの反応は意味が判らなくて大袈裟だ。
「大丈夫ですか、アカシャ様」
脇にいた兵士が気遣ってアカシャを支えようとするが、アカシャはその手を跳ね返した。
「大丈夫だ、問題無い」
「そ、そうですか……」
兵士は心配そうな顔をしながらも手を引っ込める。
それらのやりとりで変な間が生まれたからな、もう一度聞いてみようか。
「それで、どうなんだ?」
「い、いいだろう……自分のててて天幕に……天幕で話を……しょ、しようではないかっ!!」
くわっと目を見開いて言い切ったアカシャは、なぜか肩で息をしていた。