平和な朝に後ろ髪を引かれて
一晩ゆっくり寝て、本当にゆっくり寝られて、久し振りに晴れた朝が気持ちよく感じられた。
「ルシル……起きているか?」
「う……うん……」
けだるそうに目をこするルシル。窓から差し込む朝日が俺たちを照らす。
名も知らぬ小鳥の声が外から聞こえてきた。
「ねえゼロ、このままどっか旅に出ちゃおうか。なんかね、旅芸人っていうのも面白いかなあって思って」
「まぁ、それもいいかなあ。でも一応ここのゴタゴタを片付けてからにしたいな」
「どうせ人間同士の小競り合いでしょ? 放っておいてもいいんじゃないかなあ」
ルシルはモゾモゾと毛布の中に潜り込んで俺の胸元から顔を出す。
「別にな、俺の民って訳でもないからな。義理立てしてやる必要もないんだけどさ」
「だったらどっか別の国に行こうよ~」
やけにルシルはこの仕事をやりたがらないな。
今、ボンゲ公国とガンゾ辺境伯の間には長い事領土問題で小競り合いが続いているという。ボンゲ公国では貧困から発生した民の蜂起が発生した訳だ。
まだ俺たちがいる村で起きた事だから、中央には気付かれていないらしいし、これから近隣の村々にも協力を仰ぐつもりらしい。
「一応この密書を預かっちゃったからなあ」
「ぶ~」
俺たちはこれからガンゾ辺境伯の駐屯地に行こうとしている。そこにいるアカシャという女性士官に密書を届けるのだ。ボンゲ公国への進行をやめてもらうための交渉という訳なのだが。
「前線で小競り合いをしたまま内乱は起こせないからな。ボンゲ公国が落ち着くまでは、ガンゾとは休戦しておきたいというのは判る」
「そりゃあね、二正面作戦なんてできる戦力は無いでしょうから。でも、だったら蜂起してガンゾに逃げ込むとかさ、そういう手立てもあるんじゃない?」
「亡命政権みたいな感じか。そしてガンゾの力を借りてボンゲ公爵を倒す……」
その手もあるが、どちらにしてもボンゲは勝手に内乱を始め、ガンゾとしてはもっけの幸いという所だろう。一方を取り込んでもいいだろうが、放置していても勝手に相手の戦力が落ちてくれるのだからな。
「でもさゼロ、戦力的にはどっちが強いのかな?」
「う~ん、どうなんだろう。ボンゲ公国はかなり強いし領土も大きいらしい。それに比べてガンゾ辺境伯の領土は痩せていてしかも狭いと聞く」
「それだったらボンゲの方が強いんじゃない? どうして何十年も戦っているんだろうね?」
「そうだなあ」
ルシルの言う通り、国力が段違いならボンゲがガンゾを簡単に滅ぼしてしまえるだろう。
だがそれを行わない。行っていない。
「戦争が……したい?」
「え?」
どちらがどうという事ではないのかもしれないが、この二国は互いの戦争をしたがっているのではないか。
でも、戦争は国力を疲弊させる。勝てば確かにいいのだろうが、相手を討ち滅ぼすような全面戦争を仕掛けているようにも思えない。
「そうだな、少し探ってみるのもいいかな」
「また~。ゼロの病気が出ちゃったの?」
「え? 俺は別に病気なんて。完全毒耐性も持っているし」
「ううん」
ルシルは俺の胸の上で首を横に振る。
「ゼロの勇者病」
いたずらをする子猫のように笑っていたかと思ったら、次の瞬間には毛布を跳ね上げて起き上がっていた。
「仕方がないなあ! じゃあ着替えて支度をしたら、さっさと行くよ!」
朝から元気な声が宿の部屋に響く。
「判った判った。いいから服を着なさい。窓が開いているんだから外から見られたら恥ずかしいだろう」
「は~い」
ルシルは小さく舌を出して、下着を着け始めた。
さてと、俺も起きないとな。
階下から野菜を煮たスープの匂いがしてきた。