困窮する者たち
突然の申し出に俺も少し困惑する。
それもそのはず、いきなり間者をやれという話だ。
「俺は別の誰とも組まないし、どこの組織に所属するつもりもない。見たところおまえの国は面倒な事になっているようだし、それに首を突っ込む必要性を俺は感じないが」
俺の言葉を聞いてもドブリシャスの目に諦める様子はなかった。
「この国は……終わっている。腐っているんだ」
熱を帯びたドブリシャスの話に他の二人の男たちも真剣な顔でうなずく。
「あんたも見たろう仕掛け師さん、俺たちの部隊がほとんど老兵で編制されている事を」
「若者の比率は低いように思えたがな。戦争が長引けば兵士も若者だけで構成できなくなってくる。そういう事かな?」
「その通りだよ。この戦争はもう三十年も続いている。若者が駆り出されていた時代はもう終わって、今は戦えるのかどうかも判らないような老人が剣を握っているんだ」
「そうまでしないと兵力をかき集められない訳だな」
悔しそうな顔でドブリシャスたちが唇を噛む。
「この地は荒れた土地が多くて作物もたいして取れないんだ。だが中央の貴族どもは贅沢三昧。俺たちから巻き上げるだけ巻き上げて、それでも飯が食いたかったら敵から奪ってこいって……」
必死に涙をこらえるドブリシャス。
「我らが暮らす分だけならどうにかなるんだが、税を吸い取られてまで生きてはいけない……。それは敵のガンゾ辺境伯の領地も同じなんだ」
「それで、お前たちはこの状況を打開しようと?」
「そうだ。我らは戦力を集めて公爵に反乱を起こす」
ドブリシャスから覚悟がうかがえる。緊張が俺にも伝わってきた。
「公国内で反乱する手はずは既に整っているんだ。他の隊とも連携を取って複数の拠点で一斉蜂起する」
「大がかりだな」
「ああ。だがここで問題がある」
「敵の存在、か」
ドブリシャスがうなずく。
「士気が上がっていない事もあるが、今までガンゾに勝てていない。この三十年ずっとだ。小さな戦場での小競り合いで勝ったことはあっても戦局にさほども影響を与えない程度だ」
「その相手を背に受けて矛先を国内に向ける事は……」
「我らは挟み撃ちに遭ってしまう」
「当然だな。それに今お前たちの国が割れて国力が落ちたとすれば、相手も放ってはおかないだろうし、これを機に攻め入ってくれば……」
「我らが勝とうが公国が勝とうが、いずれにしてもボンゲ公国は滅亡だ」
一瞬の静寂。
燭台の炎で俺たちの影が揺れる。
「反乱を起こさなくてもこのままでは国内は荒れ、疲弊する。反乱を起こしても外敵に飲まれてしまえばこれもまた公国民は生きていけない。我らは命を惜しまない。どうせ死ぬのであれば、民のために、民が生きながらえるためにこの命を使いたい」
大変そうなのは判ったが、だがなあ……。
俺は自分の顎をさすって考えてみる。
「相手を抑えるために俺を間者にするといっても、そんな重要な事を放浪の旅芸人に任せてしまっていいのか? 俺が裏切ったり失敗したり、そもそも俺がそこまで真剣に取り組まなかったら、お前たちは挟撃の憂き目に遭うんだぞ」
俺の反応はドブリシャスたちも当然考えていただろう。
これでルシルを人質にするとか言ったら、こいつらをぶっ飛ばしてここから出て行くだけだが。
ドブリシャスは腰に差した剣にゆっくりと手を伸ばしていった。