手のひら返しのちゃぶ台返し
俺が横槍を入れた事もあったが、魔族軍が一度退いてくれた事は王国軍にとっては命拾いに近かった。
「凄いな、流石は勇者ゼロだよ」
「あの魔王を倒したっていう勇者か! 最近見なかったけど王国の危機に駆けつけてくれたのだな!」
城門を閉ざして防備を固める王都に俺たちはいる。守備の兵士たちから届く讃辞に俺は形ばかりの返事で応えた。
王国軍は兵舎に戻って負傷者の治療に当たり、戦える者は城壁へ戻って魔族軍の襲来に備えている。
「王国側はかなりの損害を出しているようだな。これでは城壁があったとてそう長くは持つまい」
「ですけどゼロさん、魔族軍はこれ以上攻めてくる様子はありません」
「籠城戦ともなれば攻める方は三倍の兵力を要するというからな。ただの力押しでは戦力的にも厳しいだろう」
俺は兵士たちを城門からすぐの空き地で待機させる。有事の際に戦闘へ加われるように、という意味合いを込めて。
そんな俺たちの所へ派手な鎧を着た男が近付いてくる。
「勇者ゼロ様、ここにおられましたか。陛下がお呼びです、こちらへ」
「拒否権はないのかね? まあいいだろう」
「謁見の間にてお待ちです」
「そうか」
勝手知ったるなんとやら、再会の場所にあの因縁のある謁見の間を選ぶとは、神経が図太いのか心臓に毛が生えているのか、大した度胸だ。
「こちらへ」
宮殿に入る。俺が最後に見た時より少し汚れや埃が目立つか。戦争で攻められている状態であればそれも仕方がないだろう。それに召使いたちが見当たらない。町の人たちと逃げたのか。
「この扉の……」
「先に王がいるのだろう」
俺は案内をする兵士の言葉を遮る。
「あ、はい。それでは腰の物を」
「いやそれはやめておこう。俺はもうこの国の兵士ではないのでね、対等な使者として話をしに来たのだよ」
「それでは陛下の御前にはお通し……」
俺はそれ以上話を聴かず、謁見の間の扉を開けた。
「ほう……」
中に入ると所々調度品が破壊されたり持ち去られたりと、以前の荘厳な空間とは異なったものになっていた。
「変われば変わるものだな。あれからそれほど経ってはいないというのに、この落ちぶれようはどうだ」
数人の貴族が部屋の片隅でうずくまっていたりもする。
俺の方を見てこびを売るような視線を送る奴までいた。
俺はそれらを無視して玉座を占拠する男の前に歩いて行く。
「久しいな勇者ゼロ。よくぞまいった」
「陛下におかれましてもご機嫌麗しゅう」
形だけの挨拶は当然嫌味を込めてだ。この惨状でご機嫌が麗しゅうあるはずもない。
「おい貴様、膝をつかんか。陛下の御前であるぞ!」
例の大臣がまだ虚勢を張っている。
「俺は雇われの身ではないのでね、対等の立場でこの場にいるのだが、ふんぞり返って座っている方が余程礼を失する事にならないか? どうでしょうね、国王陛下」
「なっ、陛下に対して無礼な……!」
「よいよい大臣、勇者のいう事も理がある」
国王は大臣の怒りを抑えようとする。
まあこれも演技の一つなのだろうが。
「そうだ勇者ゼロ、我が王国軍を窮地から救ってくれたそうではないか。よくぞ戻ってくれた、そなたの忠義に礼を言おう」
「陛下、一つ訂正していただきたいのですが、俺は忠誠心があってここに来たのではないのです。あれだけの事をされて、それでも飼い主に尻尾を振るような真似はいたしませんので」
「そ、そうか。うむ、そうだろうとも」
欲と贅沢で肥え太った肉の塊が脂汗を垂らしながら俺の機嫌をとろうとしている。
「どうだろうか、過去の事はなかったものとして、またそなたの力を王国のため、このムサボール三世のために使ってくれぬか、な?」
俺は少し目を細めてこの醜い肉塊を見る。
「今までの事は今までの事、忘れる事はできませんな。それだけに、許す事もできませんよ」
「そうか、そうだろう。うむ、そうだ! 褒賞を授けよう。今までの事は今までの事、それに見合う、いや、それよりももっと、過去の事など忘れてしまうくらいの宝をやろう、な?」
「素晴らしいですね」
「そうであろう!?」
「ええ、それしきの事で片付けられると思っているあなたの頭の中が、俺には到底理解できないお花畑で素晴らしいというのですよ陛下」
俺は一歩前に踏み出す。
「ひぃっ!」
「そんな考えでよく玉座なんぞにいられたな。それでも力にかしずかなくてはならない民が哀れでならない。そう、過去の俺も同じくな」
「ま、待て、ならばそうだ、養子、お前を我が養子に迎えよう、な、それであれば次期国王はそなた、な、この王冠はそなたのものだ、どうだ、悪くない話だろう?」
ため息が漏れる。
「実の兄弟とはここまで似るものかと感心するよ」
「ほへっ?」
「お前の弟、王弟ゴーヨック公爵も同じように俺を勧誘していたよ。違っていたのは今の国王を追い落としてその後釜に座ろうというところだがな」
「なにぃ、あの愚弟が……、あそこまで面倒を見てやったという恩を忘れおって!」
肉塊が醜く歪む。
「その怒りだ。所詮おまえたちはその場をしのげればそうやって手のひらを返す。俺が魔王討伐から戻ってきた時もそうだ。魔王を倒すまでは下にも置かない扱いだったのに、いざ魔王を倒して脅威がなくなれば、解雇という褒美。ありがたくて涙が出るというものだよ」
俺はもう一歩、足を踏み出す。
「そんないつ不履行になるか判らない空手形で過去を清算するほど、俺の心は広くもないものでね」
「な、な、ならどうしゅれば……ゆるちて……」
俺は腰にある聖剣グラディエイトの柄に手を伸ばす。
「心配するな、命を奪ったくらいでは許せるものではないからな」