内輪もめと外敵
大臣のアクダイが俺とルシルを部屋から追いだし、扉の隙間から厳しい視線を投げかける。
「マイマミー様っ! こんなどこぞの馬の骨とも知れぬ輩を部屋に招き入れるなど、あってはなりませんぞ!」
そう吐き捨てて扉を強く閉めた。
「ふむ……」
館の廊下に取り残された状態の俺たちは、強制的に閉じられた扉を見て少し考えを巡らせる。
「結局は寝ているところに無理矢理起こされて連れてこられたものの、いざ公弟さんとやらに会ってみたらろくに話もしないで大臣に追い出された、と」
「そうだね」
「今夜はなんだったんだろうなあ」
「う~ん……」
ひとまず宿に戻ろうかと思ったところで、廊下の陰から手招きをする奴を見つけた。
「ちょっと、仕掛け師さん、こっちこっち……」
手招きしていた奴は頭にいかつい面を載せている。確か先鋒隊とか言っていたドブリシャスだ。
廊下の途中にある部屋から半身を乗り出して俺たちを呼んでいる。
「なんだ、俺たちはこれから帰ってもう一回寝ようと思っているんだが」
「悪い事したけど、ちょっとこっちに来てくれないか?」
「さて……」
俺は振り返ってルシルを見ると、ルシルは仕方がなさそうに肩をすくめた。
「少しだけならいいぞ」
「助かる。じゃあこっちへ」
俺たちはドブリシャスが開ける扉から部屋に入る。
俺たちが入るとドブリシャスは廊下を見渡した後に音を立てないよう慎重に扉を閉めた。
「ここは……物置部屋か?」
扉の脇にある燭台の灯りだけの薄暗い部屋。
部屋の隅には天井にまで届くくらい木箱が積み上げられていて、四方を囲む棚には大きな麻袋がいくつも置かれていた。
少しは人の出入りもあるようだが、全体的にほこり臭い。
その物置部屋の中に、ドブリシャス以外の男が二人いた。
その二人は木の樽や椅子に腰掛けていて、ドブリシャスも近くにあった樽に寄りかかって腕組みをする。
「仕掛け師さん、悪いね急に」
「いや、俺たちをたたき起こしたのは青黒マントの男たちだからな。お前たちじゃないから気にするなよ。ふぁ~ぁ……」
そう言いながらも俺は大あくびを隠さないで眠くなった目をこする。
ほこりっぽい部屋で深呼吸をしてしまって、少し喉の奥にほこり臭さが残ったような気もするが。
「えー、ごほん。それで? お前たち先鋒隊って言っていたよな? 前線でもなければこんな真夜中に活動なんてしないと思うんだがなあ」
「まあまあ、それはいいのだ。我らがこうして集っているのはだな、公国の憂いをなくそうと思ってのことなのだよ」
「憂い?」
「そうだ」
ドブリシャスは声を潜めて話す。
「それで仕掛け師さん、公弟様にお目通りしたんだよな?」
ドブリシャスの目がろうそくの明かりに揺れる。
「あの少年が公弟さんだとしたら、そうだな」
「そうか……。それで、我がこんな事を聞くのもどうかと思うが、仕掛け師さんには公弟様はどう映った?」
「どうって……そうだなあ」
力関係から言えば位は大臣のあのおっさんよりは偉いのだろう。
だが、あの大臣には逆らえないような雰囲気はあった。
「大人しい、少し気弱な感じにも取れるが、まあ控えめな少年と言ったところかな」
「そうか。大臣のアクダイ・カーンの奴がこの地を牛耳っていてな。奴も中央から飛ばされた地方大臣なんだが、そこに今回のガンゾ辺境伯との小競り合いで公弟様が前線の士気を上げるためにここへ滞在されることになってな」
「ほう」
俺はボンゲ公国というのをまったく知らないが、どうやらボンゲ公国とガンゾ辺境伯というのが争っているらしい。
そしてボンゲ公国の前線にある補給拠点として、アクダイ大臣の管理下にあるこの村が使われていて、前線だから先鋒隊も駐屯しているって事みたいだが、そこに公弟さんがやってきたと。
「前線にそこまで高位の者が来るなんて、兄の公爵さんもすごい決断だったな」
「それだけ我ら前線の兵士たちを気にかけてくださっているという事であるし、またそれだけこの前線が重要であるという事なのだが」
「だろうな」
「そこでだ、仕掛け師さんたちはガンゾからなにか言われて来てやしないだろうか」
「ほえ?」
なんだかいろいろとごちゃごちゃしてきたぞ。
「どういう事だ? 俺たちは別にどことも関わりはないが」
「だとするとそっちのお嬢さんが着ていたあの赤いガンゾの貴族が着る服、その説明がつかんのだよ」
面倒な話だな。そういう事か。
ルシルがガンゾの拠点にいた時、巨大ミミズの体液で装備が汚れたから代わりの服をもらったんだ。それがどういう物かまでは気にしていなかったけど、女性で高級士官の天幕だって言う話だったからな。
「間違っていたら口を封じる覚悟だが」
ドブリシャスが更に声を潜めて近づいてきた。
「ガンゾとの間者になってもらえないだろうか」
緊張した顔でドブリシャスが俺の目を見つめている。
ろうそくの燃える音だけが、暗い部屋の中に小さく聞こえた。