弟と大臣
公弟。公爵の弟。
恐らく小さな村の中でも公弟用として使うには物足りないのだろうが、それでもできる限りの豪華さを持たせていた。
目を引くような物ではないが、丁寧にしつらえた家具の中に多少装飾が華美な椅子が中央に置かれている。
「椅子の主は……不在か?」
大きな椅子だからな、それなりの体格の奴が公弟なのかと思ったが。
その部屋の中にいるのは、おどおどとした少年が一人。
ルシルがその少年に話しかけてみた。
「えっと、君は小姓かなにかかな。公弟さんはどこにいるか判る?」
「あ、あのね、公爵様の弟って、僕……」
「えっ?」
ルシルは意外そうにその少年を見る。
確かに公弟と言っても年齢は聞いていなかったからな、少年というのでもまあ問題はないのだろうが。
図らずも俺の予想が当たったというか、この部屋の中に一人しかいない状況からして、それも当然だったのかもしれない。
「君が公弟さんなんだよな。という事はこの地の兵たちをまとめているのも君なのか?」
「えっと、僕、そういうのはちょっと……」
ふにゃふにゃと身体を揺すり、自信なさげな振る舞いをしている公弟。
そこにいきなり扉を開けて一人の男が部屋に入ってきた。
「マイマミー様! こんな夜更けに何事でございますか!」
「あ、ああっ、アクダイ……」
「おや? この汚い者共はなんでございます、マイマミー様」
入ってきた男は鋭い眼光を俺たちに向ける。
髪もひげも白い物が目立つくらいの歳のようだが、大柄でよく肥え太った身体を高価そうな寝間着で包んで偉そうにしている男だ。
俺としては、こういう鼻持ちならないような奴は好きになれない傾向にあるな。
「あ、あのね、彼らは仕掛け師さんたちで、昼間に兵のみなに不思議を見せてくれたんだって……」
これまた少年はおどおどしながらアクダイと呼んだこの偉そうなデブに説明をする。
「いけませんぞマイマミー様。このような下賤の者を謁見の間にお入れになっては」
嫌みったらしい言い方でアクダイが公弟のマイアミーをさとそうとしていた。
いちいち俺たちを見ては、舌打ちをするくらいだ。
「で、でも僕、僕も不思議が見たくて……でも、外に出てはいけないというから……」
「もちろんです! マイマミー様になにかあっては、ワシがボンゲ公爵閣下に叱られてしまいます!」
なんだよ、自分の保身のためか。
「ですからこのような誰ともしれぬ輩を簡単にお招きになってはなりませんぞ、マイマミー様っ!」
アクダイが扉を開けて、俺たちを部屋から追い出そうと顎でうながしている。
「ちょっ……」
「マイマミー様っ!」
少年が抵抗しようとしても、アクダイがそれを力でねじ伏せてきた。
俺は深く息を吸って、大きなため息をつく。
「おいおっさん」
「なっ!? おっさんだとっ! これだから下賤の者は」
「いいから黙れよ、俺は理由はともかくこのガキに呼ばれたらしい。寝ているところを無理矢理起こされてな。権力者の身勝手にはいい加減あきれ果てているもんだが、それでもこれはそれなりのけじめをつけてもらわないとならないんだが」
「なんだと、そもそもが公弟様にお目通りする事自体がこの上ない栄誉であるのだぞ! それをおまえのような下賤の者がっ」
「別に位とか品格とかはどうでもいいんだよ」
俺は一歩踏み込んでアクダイに顔を近付ける。
「お前たちがどうこうしようと俺には関係ないが、俺の邪魔をするならきっちりと落とし前をつけてもらおうっていうだけだよ」
俺は一瞬ひるみかけたアクダイの顔ににらみを効かせて言い放つ。
「それで、お前たちは俺たちにどうして欲しいんだ?」
さあ、公弟さんと配下のおっさんはどう出るかな。
俺は少し意地悪をしてみようと思った。眠いところを起こされたっていうのもあるからな。
「ふふっ、ゼロらしい……」
俺の後ろでルシルが軽く笑っていた。
お互い、これくらいの事では、驚いたり緊張したりっていうよりは、どう決着するのかを楽しんでいたりもするな。
少年はおどおどしっぱなしで、おっさんは難しそうな顔をして複雑な表情をしている。
さてどう出るか。