ちったぁ休ませてくれよ
やんややんやの大喝采を受けて俺たちは群衆の中をかき分けて進む。
俺たちを囲む連中は気のいい掛け声をくれる。
「面白い見世物だったな」
その俺たちに話しかける奴がいた。
切れ長の細い目で俺たちを見ている。青白い顔は不健康そうな程で、そこら辺の兵士より華美な刺繍で飾られた戦闘服を身にまとっていた。
「済まないが俺たちはこれでも疲れているのでね、宿で一休みしたいのだが」
横柄な態度に俺は少し苛立ちを覚えたが、そこはそれ、紳士的な対応をしてやる。
「それは悪い事をしたな。だがもう一仕事頑張ってもらおうかな」
有無を言わせない権力者の言い方。俺はそれが鼻についた。
いらつく俺の前に割り込んでくるドブリシャス。
「これは近衛兵殿。このような兵士たちのたむろする陣地にどうされました!?」
「お前はここの長か? 前線の、先鋒隊だったか」
「はい! 先鋒隊隊員を率いています、ドブリシャスって言います!」
頭の上に乗せているいかつい面とは異なって、ドブリシャスは媚びた笑みを嫌味な奴に送る。
「俺が近衛兵だという事は判るようだからな、俺の言葉は公爵様の声と思え」
「へへ、それはもう!」
揉み手をせんばかりの態度でドブリシャスは近衛兵のご機嫌を取ろうとした。
「なあ」
俺はいい加減面倒になってこいつらの会話をさえぎる。
「とにかく俺は疲れているんだ。用があるなら明日にでも来てくれよ」
横柄な奴には横柄な態度だ。嫌な奴に迎合するつもりはない。
「おいおい旅芸人よ、俺が大人しくしていればいい気になりやがって」
「そんなそんなとんでもない。少し疲れているんでね、多少の乱暴さは見逃してほしいものだ」
「なにをっ! この仕掛け師風情がっ! この村で公爵様の命に従わないという事がどれだけ罪か、その身体で思い知らせてやろうかっ!」
近衛兵は乱暴に剣を抜き払って俺に突きつける。
「お、おやめください近衛兵殿っ!」
「うるさいっ! もういい!! この仕掛け師は俺に手向かった、という事は公爵様に手向かったと同じよ! ここで成敗してくれる! そこへ跪いて頭を垂れろっ!!」
近衛兵はいきり立ってわめき散らす。ドブリシャスもオロオロしてどうしたらいいか判らない様子だ。
「仕方がないなあ……」
俺はため息を一つ漏らす。
「お、言う事を聞こうというのか? だが遅いぞ! この俺を馬鹿にしたのだか」
近衛兵が長々と口を動かしている間に、俺は間合いを詰めて近衛兵の持っていた剣を手刀でたたき落とした。
「なっ!?」
なにが起こったのか把握できない近衛兵の首元に、剣を突きつける。
近衛兵の落とした剣を俺が目にも留まらない速さで拾ったのだ。
「なんという早業……」
顎を上げて少しでも剣先から逃げようとする近衛兵。
その股間から生暖かい液体がズボンを濡らしていた。
「ふむ、大人に見えるがそれでもお漏らしはしてしまうのだな」
近衛兵は恥辱にまみれた顔を背ける。
「ねえゼロ」
「なんだ?」
「歳を取りすぎると大人でも漏れちゃうみたいだよ?」
そうなのか?
ではこいつも大人かどうかなんて関係ないのか。
「漏らす時は漏らす?」
「うん、そう聞いた」
「誰にだ?」
「誰だったかなあ……。ベルゼルだったかな?」
あの魔族の副官を自称する悪魔め。ルシルに変な知識を植え込みやがって。
まあいいけどさ。
「とりあえずお前は出直せ。これから俺たちは寝るからな」
俺は近衛兵の鞘に剣を入れて近衛兵の肩を軽く叩く。
無様な姿をさらしたんだ。今は放っておいてくれることを期待するよ。
「じゃあ行こうかルシル」
「うん」
俺はあっけにとられる連中を捨て置いて、到着した時に案内されていた宿屋へと向かった。
「今日はゆっくり眠らせて欲しいな」
俺の願いが叶えられることを期待しつつ。