新たなる接触
人間はいたが、どうもあの高飛車な態度は気にくわない。
簡単に人殺しをするつもりもないからな、そのままあの地を後にするが。
「ゼロが怒っているの、久し振りに見た気がするよ」
「そうか? しょっちゅうな気もするけど」
「ゼロは敵に対して強気に出る事はあるけど、あんまり怒ったりはしないと思った」
「ああ、そういう意味だとそうかもな。今までは敵と味方がはっきりとしていたし、敵にはそれなりの対応をしていたからな……。でも今の奴らは、う~ん、俺にもよく判らない」
「なんとなく、むかついた?」
ルシルは横から俺の顔を覗き込む。
「そうかもしれない」
考えてみれば、権力を笠に着る奴が許せなかったのだろう。
権力者というものがどれだけ偉いのかっていう話だ。
「まあね。あの女、すっごく偉ぶってたから」
「俺もな、権力者からクビにされて路頭を迷う羽目になったからな。その事を思い出してしまったのかも知れない」
「あの時は大変だったね~」
「そうだな」
どうだろう、ガンゾ辺境伯がどうのって言っていたが、あいつらは追ってきていないみたいだが。
「つけられているとかは、ないかな」
「多分……」
追ってくるにしてもそれを蹴散らすのは容易い。俺たちにとってはな。
「まあ、人間同士の争いに巻き込まれなければそれでいいか。奴らがいるって事は、そう遠くない所に村や町があってもよさそうだからな。それを探すとするか」
「うん、今度はゆっくり休みたいね」
「それは俺に対する嫌味か? ゆっくりする前に飛び出しちまったもんだから」
「え~? 別に~? そんな事思ってないよ~?」
あえて語尾を伸ばしてルシルは俺をからかっているんだろう。
「まあな、悪かったよ。俺の短気で休める所を失ってしまったんだから」
俺はここで殊勝な態度を取ってみる。
「いいよいいよ、またどこかに行けば、さ」
「ああ」
俺がうなだれていると思ったのか、ルシルが優しい声をかけてくれた。
ちょっとうるっとなりそうになったけど、それは内緒だ。
「それはそうと」
「そうだね、ゼロ」
進行方向に人影があってそいつらは俺たちから向かって右側から左側へと進んでいた。俺たちはとっくに気付いていたが、向こうは気が付いていないようだ。
「草原だからなあ、身を隠す所なんてないんだが……」
「どうしようね?」
「接触しないように方向をずらすか。奴らが進む方とは反対に向かおう」
「そうね。それがいいと思う」
互いに意見の一致を見たからな、俺たちは迂回をするように右側へと進んでいく。
彼らがやってきた方向だ。
もしかしたらその先には拠点となる所か、人の住む所があるのではないかとも思ってな。
「遠くでよく判らないが、見た感じ兵士のようにも思えるからな、接触しない方が面倒に巻き込まれなくていい」
「だね」
兵士の集団であれば、警戒したり気が立ったりしているだろうから、無駄ないざこざは避けたい。
「あれ?」
そう思っていたのだが、気が付けば俺たちは反包囲されていた。
先に進んでいった奴らがぐるっと回り込んできていたのはまあいいとして、俺たちの進む先からも兵士の隊列がいたのだ。
そいつらは青系の衣装に身を包み、いかついお面を頭に載せていた。
「分隊でもいたのか……。面倒な事になった」
「戦うつもりがないっていう事を伝えられたらね~」
「そうだな」
俺は剣を鞘に納めたまま、両手のひらを開いて見せて戦意がないことを伝えようとする。
「そこの二人っ! 我らはボンゲ公国の先鋒隊であるっ! 戦場の近くでの旅装とは危険であるぞ!」
包囲しかけている奴らの中から声が聞こえた。
隊列から一人飛び出し、そいつが俺たちに話しかける。
「我はドブリシャス・ラ・メーヌ! ボンゲ公国の先鋒隊隊員であるっ!」
ひときわ奇妙な面を頭に載せている男が名乗りを上げた。
「挨拶に感謝を。俺はゼロ、ゼロ・レイヌール。旅の者だ。道に迷ってしまってここがどこだか判らんのだ。できれば近くの町か村の方角を教えてもらえると助かる」
俺は挨拶しながら、ドブリシャスと名乗った奴に話しかける。恐らくこいつが交渉役なのだろうからな。
「ほう、この戦場に旅人とは! 戦意がなければよかろう! 我らの妨げとならぬ事を約するのであれば、近くの村への道を教えよう!」
ドブリシャスは腕を組んで直立不動の姿で俺たちを見る。
「おう!?」
なにかに気が付いたのか。ドブリシャスの目が大きく開かれた。
「後ろのおなごは、その赤を基調としたドレスは……」
あ、しまった。もしかしてルシルが着ている服は、さっきの天幕で着替えた物だ。
ガンゾの衣装という事か。
「貴様っ、敵の、ガンゾの間者かっ!」
大声を上げるドブリシャス。その一言で兵士たちの空気が変わった。
ガシャガシャと音を立てる鎧。そして剣を抜く鞘走りの音が加わる。
「貴様ら、なにやつっ!」
ドブリシャスも周りの兵士たちと同様に剣を抜き、俺たちにその切っ先を向けた。