広がる荒野
荒野だ。目の前は荒野が広がる。
俺たちはかなり旅をしてきて、日数もだいぶかかってしまった。
その中でいろいろな事があったな。
湖があったかと思うとその底の方で地底空間につながっていたりだとか、人が住んでいると思ったら廃墟でグールに襲われたりだとか。なかなか人と出会えない日々だった。
結局ロイヤは精霊界に戻る事ができたが、なぜルシルの銀枝の杖が光りを取り戻したのかは判らずじまいだ。巨大サソリのギルタブリルみたいに異世界の扉となる力に引き寄せられたのか、次元を渡る力がどこかにあったのか、それは俺にも判らない。
「それでこれ、か」
「ゼロ、人のいた痕跡……って言うよりは」
「そうだなルシル……」
結局、俺とルシルだけの旅が続いたが、今俺たちの目の前に広がる光景は、今までで一番人を感じたものだった。
「戦場の、跡地。それも何日か前に戦が終わったばかりみたいだな」
荒野に広がる無数の死体。軍が引き上げる時、置き去りにされた者たち。戦場荒らしが一通り物色したのだろう、武器や防具が剥ぎ取られて裸や下着姿で転がっている死体がほとんどだ。
戦闘の激しさを物語っているのが、その死体も含めた荒野の状況。
「身体はバラバラ、中には焼け焦げているものもある。地面のところどころにくぼんだ穴ができているのは、大きな爆発があった証拠だな」
「まだ煙が出ている所もあるからね」
「ああ」
「それにしてもすごいにおい。戦場っていつもそうだけど」
身体を切り裂かれて内臓が飛び出している死体も多いし、少し暑い気候なのか肉も腐り始めているようだ。
「ゼロ」
「仕方ないな」
腐肉漁りに来ていたのか、数匹の狼が俺たちを見つけて遠巻きに近寄ってくる。
喉の奥で唸り声を上げてゆっくりと方位の輪を縮めてきた。
「少し脅かせば散ってくれるかな。Nランクスキル発動、火の矢! ほらほら近寄ると火傷するぞ!」
俺は燃える火の矢を数本作りだして狼の輪に投げ込んでやる。
文字通り、近寄る奴は火傷する勢いだ。
思った通り、狼どもはキャンキャン悲鳴を上げながら逃げていき、何匹かが止まって俺たちを見ようとしている時はもう一度火の矢を投げつけてやった。
「これだけ追い立てれば、そうそう寄っては来ないだろう」
「そうね。それにしてもようやく人の気配があるのかなって思ったのに、みんな死んでるなんてね」
「死霊魔術師だったら死体から情報を聞き出せたりできるのかな?」
「さあ、どうかしらね。死体を動かす事はできると思うけど、意識まで取り戻させるとしたらそれこそ冥界にでも行かないと聞けないかもしれないね」
「う~ん。ロイヤを送ってから銀枝の杖も光らなくなっちゃったし」
どちらにしても俺たちのスキルに死霊を操る物とかはないし、冥界に行く手段もないんだけどな。
「ようやく人に会えると思ったんだけどなぁ……ん?」
耳の奥が少し痛む。これは敵感知の反応だ。
「どうしたの?」
「ルシル気をつけろ。俺に敵意を向けている奴がいる」
「さっきの狼じゃなくて?」
「いや……あの煙の向こう、うっすらと影が見える」
「あ……本当だ。動きのある姿がいくつか……」
俺はルシルを背後にかばい、念のため剣を鞘に納めて抵抗しない意思を示す。
多分、相手を殺してしまうのは簡単だろうが、折角出会えた意識を持つ連中だ。このまま見過ごすのももったいない。
「お~い、俺はゼロ! 旅をしている者だ! 敵意はない、話をしよう!」
俺は両手のひらを相手に向けて、攻撃するつもりはない事を表現する。
「旅の者?」
向こうから返事がある。言葉は伝わるみたいだな。
他の奴と会話したのは何日ぶりだろう。
「あんたら、ボンゲのもんじゃあねえだろうなあ!?」
ボンゲ? なんだボンゲって。
「そんなものは知らないが、俺たちはここに来たばかりで戦うつもりはないんだ。話をしようじゃないか」
くすぶっている黒い煙の中から男たちが現れて、俺たちに近づいてきた。
まだ耳の奥の痛みは退かない。向こうも警戒をしているのだろう。
「あんた、戦場荒らしの野盗どもでもねえんだな?」
先頭に立つ男が槍を構えながら質問してくる。
「まあな、俺たちの身なりを見てもらえば判るだろうが、鎧兜を剥ぎ取ったりはしていないぞ」
「そ、その背中の草束はなんだ」
「これは旅をする時に使う簡易的な天幕だ。小屋の形になる」
ロイヤが造ってくれた小屋だ。草で編まれた板を使って組み立てる。折りたたみもできて持ち運びにはとても重宝しているのだ。
「草の小屋!? ぶわーっはっはっは!」
「信じてもらえないのならここで建ててもいいが」
「いいっていいって、それは後で見せてもらうとして、ひとまずボンゲの者でも野盗でもねえってのが判れば十分だ」
「そうか。それではそういう事で頼む」
「ああ。ワイはガンゾ様に仕えるコナモってもんだ。よろしゅうな」
コナモと名乗る男は槍の穂先を上に向けて立てて持ち直し、他の奴らもそれに倣う。
「ここではなんだ、駐屯所で話でも聞こうかの。だぁーっはっはっは!」
なにが面白いのかいきなり笑い出すコナモ。
「ゼロ、大丈夫かな」
「うーん、まあ悪い奴じゃなさそうな気がするけど……どうだろう」
俺たちはコナモたちに付いていき、戦場を後にした。